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馬車道駅・大レリーフ物語 -復元保存された中村順平作壁画彫刻-
工学研究院 システム創生部門 助手 秋元 馨

(Campus News No.18(2004.3)から)

みなさんは、2月1日に開通したみなとみらい緑の馬車道駅に行ったことがありますか?馬車道駅のコンコースを歩きながらレンガ張りの壁を見上げるとそこに巨大な壁面彫刻があります。これがじつは、横浜国立大学にゆかりのある作品なのです。

一通の投書から

馬車道駅 壁面彫刻
馬車道駅 壁面彫刻
旧第一銀行横浜支店
旧第一銀行横浜支店(旧横浜銀行本店別館)
建築年次:昭和4年(平成15年復元)

縦4m横45mあるこの壁面彫刻は、かつて同駅近くにあった横浜銀行旧本店の1階営業室に設置されていました。1960年に浜銀旧本店が建築された際、本学の前身である旧横浜高等工業学校の教授で建築家の故中村順平(1887~1977年、当時73歳)が制作を依頼されたものです。レリーフは「横浜の文化・都市発展史」を主題としており、鶴見・川崎地区の製鉄・造船工業、湘南地方の農業などが表現されています。

この壁面彫刻がこの場所に落ち着くまでに長い道のりがありました。復元保存されるきっかけになったのは、浜銀本店のMM21地区移転により壁面彫刻が失われることを懸念して、1992年に一市民が書いた、「横浜全体の文化と考えて」保存を望んだ新聞投書でした。これを受けて、運動は壁面彫刻保存の会(初代故田辺謙輔会長、現松本陽一会長)を中心として広がり、要望書を市長や横浜高速鉄道に提出するなど、粘り強く継続されました。多くの横浜国大卒業生や浜銀も協力しました。そして、足かけ12年を経てついに駅デザインの一部として活用されたのです。1月22日には、関係者が集い、銘板の除幕式が行われました。

中村順平ってどんな人?

さて、この長い保存運動が実った壁面彫刻の作者中村順平とはどのような人物だったのでしょう。

今から84年前の1920年、横浜市南区弘明寺に横浜高等工業学校が創立されました。まもなく1925年に設置された建築学科の最初の主任教授が中村順平でした。大阪に生まれた中村順平は、名古屋高等工業学校を卒業し、東京曾禰中条建築事務所で仕事をした後、パリのエコール・デ・ボザールに学びました。1923年に卒業、フランス政府公認建築士の称号を受けました。そして、帰国後、旧横浜高等工業学校建築学科では、フランスでの修行をもとにした独特の教育を行いました(1946年退官)。また、東京の都市計画や多くの船舶の室内装飾等、建築作品を手がけました。その創作と教育の業績によって、横浜文化賞を授賞し、芸術院会員に推されました。

現代に息づく思想

中村順平の独特な建築教育に関しては多くの伝説があります。そして現在も「檜の会」(近藤経一代表)が定例研究会を開催するなど、その建築思想は受け継がれています。今回の壁面彫刻の保存運動も教え子が中心となりました。関心のある方は、『建築という芸術』(中村順平著、1978年、相模書房)、『情念の幾何学一形象の作家中村順平の生涯-』(網戸武夫著、1980年、建築知識)などの書籍を紐解いてみてはいかがでしょうか。

なお、馬車道駅に保存されなかった、壁面彫刻の一部が、本学建築学棟1階ロビーの壁面に、2月27日に復元保存されました。

(担当:総務部広報・渉外課)


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