第12回 中田 安彦さん

2008年 大学院環境情報学府に博士論文提出 ローソン元社長、岡田屋、横浜岡田屋各会長を歴任。 現在「中田研究室」主宰 東京都大田区南馬込在住

国内はもとより、世界中で活躍している本学卒業生の近況をお知らせします。

第12回は、本学経済学部第1期生で、ローソンや岡田屋などで社長、会長を歴任しご活躍されてこられ、喜寿(77歳)を迎えた今年、大学院環境情報学府から博士(学術)号(論文博士)を授与された、中田さんにご寄稿頂きました。

個性派揃いな心理学専攻


喜寿(77歳)に博士号
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神奈川新聞社提供

平成20年3月27日地元神奈川新聞に”喜寿(77歳)に博士号”と題した記事が掲載されました。

そこには、今回本欄に登場する中田安彦さんが紹介されています。

中田さんは、この学位論文をなぜ書けたのかの質問に対し、「第一にはご指導にあたって下さった先生方のご尽力ですが、その他として、

  1. 中小小売業を元気印にしたいとする使命感
    (そのことが育ててくれた業界への感謝)
  2. 大学同期の友人達を中心とする友達の激励
  3. 家族の協力と励まし

などの3つの要因がありました。」

・・・と答えてくださいました。

※博士学位論文の表題:「流通小売業における成長と変革のマーケティング -人間性と社会・環境性の視点から-
Growth and Improvement Marketing in the Distribution Retailing Industry - Humanistic and Socio-Environmental View points -」(2008.3) 

グリークラブ漬けの学生時代

学生時代は家庭教師のアルバイト以外は、グリークラブ漬けでした。

卒業してからは経済学部卒というより「グリークラブ部・経済学科卒」と冗談を云うほどで、同部歴史全体でも初期全盛時代に所属していました。

朝日新聞主催の合唱コンクールでは関東甲信越地区で昭和25年から3年連続優勝し、全国でも第2位を2回経験しました。


昭和26年度 第6回関東合唱コンクール(大学の部)で第1位に

山中湖畔での合宿が恒例で行われ、また地元フェリス女学院との混声合唱なども企画しました。この時代に出来た友人との絆は極めて強いものです。

学業以外の趣味(クラブ活動)によって結ばれた友情が貴重であることを後輩にぜひ知ってもらいたいと思います。


OB会会長時代の
中田さん

卒業後は、実務の世界で横浜岡田屋グループに戻ってからの昭和63年から平成11年までの12年間にわたってグリークラブOB会の会長を務めました。


平成19年のOB会定期演奏会

昭和27年の全日本合唱コンクール大会

学生時代に学んだ大切なことば

学業を通じて学んだことで一番大切だったと思うことがあります。

当時の経済学部長徳増栄三郎先生が卒業アルバムの巻頭言としても書いてくださった”日々を限りなく惜しむ”です。

私は今までに50回近く仲人をさせていただきましたがその都度これを色紙に書いて新郎新婦に贈ってきました。

生涯を通じての大切な”key word”です。

学生時代には、グリークラブ活動も忙しかったのですがよく勉強もしました。経済統計(伊大知良太郎教授)のゼミに所属して米価決定システム等の研究をし、農林省及びその研究機関によく資料をもらいに行きました。ゼミは5人と小所帯でしたので先生にはよく面倒を見ていただきました。

卒業後の就職先は現在のみずほ銀行の前身である第一銀行でした。

そして短かったですが、この銀行時代の経験がその後の流通小売業でも大きく役立ちました。

生まれ育った所、馬込文士村と桜並木のこと

私は現在の大田区南馬込に生まれました。大田区と云われるより大森区と云われていた頃で、大森は海にも近く(大森海岸)緑あふれる坂の多い起伏のある所です。



込文士村ガイドブック
馬込文士村ガイドブック(3.38MB)
※クリックで表紙拡大

変化に富み馬込文士村といわれ多くの芸術、文化の著名人が住んでいたところでもあります。例えば尾﨑士郎・宇野千代、室生犀星、川端龍子、石坂洋次郎等々です。

家の先の「呑み川」上流の土管工事に伴い、上に桜を植え、今までは桜並木として年々見事に花開き、花見の人々で賑わっています。

著書の紹介

プレジデント社 発刊
2002年4月 ”商いは飽きない”
2006年4月 ”商いは まだまだ飽きない”
そして2002年の本は2008年になって中国語版が中国で出版されました

(担当:総務部 広報・渉外課)


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