第23回 山本 真里沙 さん

The University of Sussex 在学
Science Policy Research Unit, Sustainable Development MSc

国内はもとより、世界中で活躍している本学卒業生の近況をお知らせします。

第23回は2017年に理工学部数物・電子情報系学科を卒業後、アジア経済研究所開発スクールに進学、国際貿易等にかかわる最新の諸問題や政策形成について学び、現在はイギリスのサセックス大学で修士課程「持続可能な開発」に在学中の山本さんにお話を伺いました。

横浜国立大学に入学していかがでしたか?

国際協力を目指す私にとって横浜国大に入ってよかったと思うところは沢山あります。一つはグローバルな大学という特色のもとで、横浜国大が神奈川県で一番多く留学生を受け入れている大学なことです。自分の行動次第でいくらでもグローバルな環境に身を置けるという点は横国だからできる経験だったと思います。        
その他にも、国際協力をしていくうえで必要な理工系の知識をしっかりと身につけることができたのが良かったです。

大学で国際交流活動はしていましたか?

留学生のチューター活動に精を出していました。活動内容は、主に留学生たちが生活する上で困っている生活支援や、日本語学習の手助けなどです。22か国35名ものチューターを担当し、積極的に留学生と交流をしていました。
日本人は言語ができないことを恥ずかしがり、引っ込み思案になりがちですが、横国に来ている留学生(特に4年間制の留学プログラムできている学生)は、片親が日本人で日本の血が流れていたり、高校の時に日本に留学したことのあるひとも多く、日本語が喋れるケースも多々見られます。また日本語がしゃべれなくても、学生たちは日本を知りたくて留学に来ている学生ばかりなので、自分から歩み寄ることが大切だと学びました。
留学生の集団の中にいると言語の壁から疎外感を感じることもありますが、どうやったら彼らと信頼関係を築けるのか、チューターとして本当に彼らが困ったときに頼られる存在になるのか、考える日々を過ごしたことは今でも自分の糧となっています。

その他、大学主催のケニア・ショートビジットも印象に残っている出来事です。  

ケニア・ショートビジットはどういうものでしたか?

当時、ケニアで原発導入が推進されていた背景から、日本で起きた福島原発事故の経験を共有しようと教授1人学生12人で提携校であるナイロビ大学に赴きました。「国境を超える課題 その現状と解決へのアプローチ」というテーマで、一般市民と政府関係者を対象に福島原発事故の科学技術的な見解と被災地の状況を伝えるセミナーを開催しました。
福島原発事故を世界で考えていくべき課題として事前に学習を重ね、ケニアに訪れたのですが、自分の意見が思うように伝えられず、「日本は島国で地震があるから事故が起こった、けれども我々には地震がないから大丈夫」と現地の方に言われてしまいました。当時英語力も知識も及ばなかった私は、その場の人に自分なりの考えを伝えることができず、悔しい思いをする結果となりました。この経験から、専門の物理から福島原発にアプローチをかけたいと思うようになりました。


ナイロビ大学にてプレゼンをしている様子(技術班・山本さん)

発表後ケニアの毎週日曜日に開催されるマーケットに行った時の様子

そして、その経験が後の大学での学びに活かされているのですね。

はい。研究分野と現場の諸問題をどう結び付けていくのか、と考えていました。
3年生の後半からは、研究室に所属して自分の研究に従事できるプログラムの中で、福島原発のシミュレーションを題材に選びました。この授業は比較的自由度が高く、自分が4年時に所属したい研究室で、研究の先取りをする人もいれば、自分の問題意識に沿って自由に研究もできるとてもいい機会です。
そして、4年生になり研究室に所属する際には、エネルギー問題に関係する研究室を軸に梅原研究室に所属しました。梅原研究室はいわゆる「実験屋さん」で、研究室生活の大半を実験室で過ごしました。目的物質を得るために少しずつ物質の作製方法を変えてみたり、と試行錯誤の毎日でした。これらの研究室で過ごした日々は、有意義な時間でした。
進路について考えたとき、将来は理系のバックグラウンドを生かして国際協力の分野で働きたいと考え、自分に足りていない国際政治や経済の知見を得るべく、卒業後は経済協力・開発援助のエキスパートを養成することを目的としたアジア経済研究所が運営している開発スクールに進学しました。

アジア経済研究所開発スクールでは何を学ばれましたか?

アジア経済研究所開発スクールは、日本貿易機構が、経済協力・開発援助の現場において、高度な専門性を持って活躍できるエキスパートの育成を目指して、実施されている研修事業です。私は、技術政策の面からいかに途上国・先進国を発展させていけるのかという問題意識を基に、イノベーション・農業・エネルギー・水等、地球規模的問題群に対する専門知識とスキルを特に学びました。

アジア経済研究所開発スクールで社会科学系の分野を学んで、問題意識など考え方が変わった点などありますか?

横国で物理を専攻していた時は国際協力と科学を別物だと考えており、草の根の活動こそが国際協力だと考えていました。しかし、アジア経済研究所開発スクールに入学してからは、私のバックグラウンドである科学を用いて途上国の発展を支援する方法を見出そうという様に考えが変わりました。国際協力の現場では、今理系の人材がより求められていることを学び、「理系」と「人助け」が様々なところでつながっていると感じるようになりました。

例えば、梅原研究室では熱伝導性の良好な物質の開発を研究していて、これが発見されれば気候変動緩和に一役買いますが、途上国の人々が必要としているのはこのような高度な技術ではなく、彼らの生活改善を担うシンプルなテクノロジーです。けれども、このシンプルなテクノロジーを考案するためには、彼らの生活・文化・制度を学ぶ必要があります。
例えばただ援助と言ってもモノを配るだけでは彼らの購買意欲を削いでしまう、というのはよくある例で、マラリア予防に蚊帳を無料で配ったとしたら、無料で貰った人々は蚊帳は無料で貰うものだと思い、蚊帳にお金を出さなくなります。
潜在能力の剥奪状況下で暮らす女性達が2時間かけて水を汲む井戸への往復時間も、女性たちにとっては唯一外出が許可され、他の女性達とのネットワークを形成する貴重な時間でもあります。そこへ無造作に家に水道を引いたら女性が自ら水道を壊したというケース等もあり、ジェンダーの慣習への配慮が欠けていることが見て取れます。
エイズの治療薬も先進国の単価のまま途上国で売れば誰も買うことができません。そこでは、一定期間の特許撤廃により安価な価格でエイズ薬を提供する、といったような制度が生きてきます。

こういった視点を織り交ぜて、彼らの生活に配慮した適正技術を開発していくことが必要なんだと考えるようになりました。これらの視点を持つことができたのは、横浜国大で培った工学の知識や量的分析などの前提があったからなので、横国での4年間の学びは大きかったと感じています。

イギリスのサセックス大学に決めた理由は?



サセックス大学教室

まずイギリスは修士が一年で取得できること、イギリス全土で開発学が推し進められていることから、イギリスの大学に焦点を絞っていました。中でもサセックス大学は昨年「開発学」で世界一位に輝き、さまざまな分野から貧困解決のアプローチに取り組んでいると知られています。開発学と科学技術を結びつけている大学を軸に探そうとすると、環境問題に焦点を当てているコースばかりでなかなか私の意図する途上国の文脈に合ったコースが見つけられなかったのですが、サセックス大学では自然科学の見地から貧困層を救う第一線の研究が進められていることが決め手になりました。

またブライトンという多様性溢れる土地(後述)も大学を選んだ決め手のひとつです。

イギリスでの生活について

サセックス大学はイギリス屈指のリゾート地であるブライトンに位置し、現在はブライトンで生活しています。ひとたび街に出れば海が広がっていて、ロンドンへのアクセスも1時間という好立地は、日本でいう逗子のようなイメージに近いと思います。
立地がいい分物価はロンドンに次いで高く、食べ物・生活必需品などはおよそ日本の1.5倍で、慣れない内は飲み物を買うにも抵抗がありました。
そしてイギリスの食文化について。「イギリスは食がまずい」と、渡航前によく耳にしていたのですが実際にこっちに来るまでは何がどうまずいのか想像もつきませんでした。ひとたびレストランに行けば、さすが移民の国だけあって、その国のひと達が作る世界の料理が食べられとても美味しいのですが、冷蔵食品や冷凍物、学校の食堂の等は概して味が薄く、うまみがなかったりと、最初の内は自分に合った食品選びをするのが大変で、二食の料理が恋しくなったりもしました。(笑)

また、私の住んでいるブライトンはイギリスの中でも急進的な街として有名で、LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)、ベジタリアン・ビーガン、NGOの活動等も盛んに行われています。日本でLGBT又はビーガン・ベジタリアンとして生きていくには社会的に難しいですが、大学でもどこででもベジタリアン・ビーガンに配慮された食べ物が手に入ったり、セクシュアリティにもとてもオープンでLGBTの人口が多いだけでなく、そうでない人もLGBTへの理解・受容性に長けています。異性を好きになるという価値観がいつから正しいと思っていたのか、肉のない生活でも十分やっていけるんではないかと、たくさんの気付きを与えてくれます。世界中からひとが集まってくるのでインターナショナルという点でもブライトンは本当に多様性に溢れている街だと思います。

サセックス大学での学びについて

国連の開発目標「持続可能な開発」に擬えて設立されたのが進学先のコースSustainable Developmentです。「持続可能な開発」を、環境(Environment integrity)・人間らしさ(Human Well-being)・社会平等(Social equality)に配慮されている社会だとすると、途上国ではそのような社会が形成されているとはとても言い難いです。このコースでは技術革新がどのように途上国の発展に寄与しているのかをテーマとし、技術と社会変容の枠組みについて深い示唆を与えてくれます。例えば、途上国への技術移転によるグローバルチェーンの変容、ソーシャルメディアが民主化に与える影響等、興味深い授業ばかりです。

一年で修了するだけあって毎日に課される論文の量は多く慌ただしいですが、21か国35名のクラスメートに日々感化されながら勉強に励んでいます。


サセックス大学のクラスメート

サセックス大学の記念碑


将来の夢を教えてください。

サセックス大学で開発学を学んだ後に、自分の専門である自然科学の知見と開発学を融合させて、途上国の社会課題に取り組みたいと考えています。
途上国の問題として、きれいな水が飲めないことは耳にしたことがあると思いますが、電気の問題はどうでしょう。現在では地球上の5人に1人にあたる13億人ものひとが電気のない生活をしており、彼らが「明かり」として用いる灯油に火を灯すだけの灯油ランプにはさまざまな問題が潜んでいます。第一に、ランプから出る煙は有害で、たばこ約40本分に相当し、一日3000人もの人が呼吸器疾患により命を落としています。そして調理火のための薪拾いに懸ける時間は、女性や子供から労働・教育の機会を剥奪しています。
(以前の学校で同期だった)ナイジェリアの政府職員によると、ひと昔前までは水のない地域が田舎の定義となっていたようですが、今は水はどこでも飲めるモノとなり、現在の田舎の定義は電気があるかないかに尽きると言います。こうした問題の解決策として、将来はソーラーパネルを代表とした途上国のニーズに合ったシンプルなテクノロジーの普及に努めたいと考えています。
そのためにも修士修了直後はまず現場の経験を積むために、JICAや外務省の専門調査員への就職を検討しています。

これからの受験生に向けてアドバイスはありますか?

私はこれといって学業に秀でていたわけではありませんが、強いて言えば旺盛な好奇心が進むべき道を開いてくれました。日ごろから知的好奇心を養い、飛び込んでみる、そしてそこで得られた発見を次の道につなげていくことが大学での学びで大切だと思います。



山本さん、ご協力いただきありがとうございました。

(担当:総務企画部学長室 広報・渉外係)


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