地域交流科目による学生参画型実践教育
−都市再生を目指す地域連携−

1 はじめに

 「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」は、社会的要請の強い政策課題に対応したテーマについて、国公私立の大学等から申請した取組みの中から、特に優れた教育プロジェクトに財政支援されるもので、今年は
  1 「地域活性化への貢献」
  2 「知的財産関連教育の推進」
  3 「仕事で英語が使える日本人の育成」
  4 「他大学との統合・連携による教育機能の強化」
  5 「人材交流による産学連携教育」
  6 「ITを活用した実践的遠隔教育(e-Learning)」
の6つのテーマが設定されていました。
 本事業は、テーマ1「地域活性化への貢献」部門に位置づけられ、選定されたものです。

■本事業の背景と目的
 経済活動がグローバル化するなかで、実際の経済活動の場である都市地域それぞれがいかに活力を維持し、そこに生活する市民の生活の質を高めていくかが21世紀初頭の大きな課題になっています。「都市再生」や「地域再生」といったキーワードはそれを端的に示すものであります。このことは、近代化の中で分化しつつ発展してきた「工学」「法学」「経済学」などの学問・教育分野そのもののあり方が問われていることを示しており、また、地域に発生しているさまざまな課題を把握し、解決策を見いだし、それを実行し、成果を評価するという最も基本的な姿勢や能力が改めて問われていると理解できます。

 本事業は、このような現代的課題に対応するため、従来の学問・教育領域を超えて『地域交流科目』を構築することで、地元自治体や企業で活躍できるような地域の課題解決を担う人材を実践的に育てることを目的としています。

■本事業への選定理由
・ すでに実績のある地域との共同事業の経験を踏まえて、中長期的な視野から地元横浜市の現代的な課題の解決に寄与するプロセスの中で、学生教育の質を向上させようという試みであり、注目に値するものであること。
・ 特に、「地域課題プロジェクト」、「コア授業」、「関連科目」の三者からなる『地域交流科目』を軸に、公共部門と民間部門の交流を図りつつ、大学と地域の各主体との関係強化を実現していこうとする考え方は、今後の地域活性化のモデルとなりうる可能性が認められること
が挙げられ、大学として明確なビジョンを持ち、学生が参画する具体的な教育プログラムがあり、地域の受け入れ態勢も十分である点において選定に値する取組として評価を受けたものです。


2 横浜国立大学の特色と本事業の位置付けについて

 本学は、我が国文明開化の発祥地であると共に、高度の商工業地区である「横浜」に生まれ育ったことより、実学的色彩の濃い学部・大学院より成り、自由で開放的な精神の下で、健全な社会に必須である、学術の創造と継承を旨としています。
 この創造と継承の責務を最大限に発揮するために、本学の目標として、「実践性」、「開放性」、「先進性」、「国際性」を掲げています。特に、「実践性」については、諸問題の本質を見極め、時代の変化に対応し得る柔軟で創造的な問題解決能力を養い、現実の生きた社会に原点を置く学問を志向し、教育と研究の成果をもって社会の福祉と発展に貢献することを目指しています。
 また、「先進性」については、国内外の研究者と協調しつつ最先端の研究成果を創出して、教育、研究、社会貢献において、自由な発想と斬新な取り組みを支える柔軟な組織を構築し、効果的な運用がなされるよう努力しています。
 
 本取組は、これらの目標に沿った実践的かつ先進的な教育プログラムの開発をねらいとし、全学で取り組む事業であります。

3 本事業の概要

 日本経済再生のための地域活性化は、重工業中心の臨海部、商業・サービス中心の「みなとみらい」地域や関内地域、東京のベッドタウンとしての住宅地域など多様な地理的・文化的・歴史的特性を有する横浜にとっても重要な課題となっています。
 本事業は、このような特性をもつ横浜の都市再生を目指し、地元商店街の活性化、臨海部の産業再生、中心オフィス街の遊休空間の転換、福祉など新しいサービス産業の開拓、産業地域も含む広範な地域における緑の再生等の具体的な取り組みを、市町村(特別区を含む)と民間(企業、市民、NPOなど)の連携(Public-Private-Partnership:PPP)の中で推進し、横浜地域をフィールドとして学生参画型の実践教育を展開するものであり、
従来の学部の枠を超えて建築、都市計画、地方財政、地域開発などをコアとし工学、経済学、環境学、教育学などが融合した『地域交流科目』を構築し、地域に根ざした課題解決を担う人材を実践的に育てることを目的とします。

■取組の特色
 本事業の取組の特色は以下の5つです。

1) 従来の教育分野・教育方法を超えた『地域交流科目』により新たな人材を生み出す
 地域の現代的課題を解決するため、従来の学問分野を超えて『地域交流科目』を構築する。具体的には、講義の新設、相互乗り入れ、実習単位の工夫等によって新たな科目群を形成したうえ、地域の具体的課題に取り組むプロジェクトを核とした学生参画型のシステムを開発するものである。ここでは従来のような教員-聴講生という一方通行の教育ではなく、学生が自ら地域課題を発見してチームの課題としたり、教員も一緒になって解決策を模索し新たな価値を創造するワークショップ型の取り組みを行う。

2) 課題把握-解決策構築-実行-評価という基礎能力を実践的に身につける
 身につけた知識の総量ではなく、課題把握-解決策構築-実行-評価という基礎能力を実践的に身につけることを本事業では目標としている。もともと本事業の1つの核である建築学コース(工学部・工学府)では設計教育を創造教育と位置づけ、学部カリキュラムもこれを中心に組み立ててきた。今回の取組ではそうした実績を踏まえ、さらに地域課題の解決というプログラムを加えることによって目標を多元化し、現代的ニーズに対応した人材を養成することを目指している。また、経済学部・国際社会科学研究科においても地域経済のイノベーションを担う人材の養成が急務であり、演習課題やインターンシップの活用等によりその実現を果たそうとするものである。同様に教育人間科学部・環境情報学府においては実践的な環境教育を行う仕組みとして、緑の再生に関して地域に根ざした課題解決型の人材養成の場として本事業推進の必要性が高い。

3) 地域の企業や市民と連携した教育を行う
 地域の現代的課題を解決するため、情報の発信源であり意志決定や行動の主体である地域の企業や市民との連携を重視するのも本事業の大きな特徴である。
 本学では既に共同研究推進センターの拡充等によって、地域の企業や行政等と連携した研究を推進している。また、本事業メンバーの多くは研究・実践の両面において地域のさまざまな主体とのかかわりをもっている。さらに建築学コースでは平成13年度より横浜市保土ヶ谷区と共同で「和田町いきいきプロジェクト」を地域の商店街とともに実施してきた実績もある。16年度には横浜市経済局から委託を受けて「コミュニティビジネス拠点モデル開発事業」も実施している。また、横浜市・市民と共同した植樹行事を実行し、その指導に当たっている。
 本事業では地域の企業や市民は講師としてばかりでなく教育を受ける主体として本事業に参画し、中長期的にみれば、本学を要とした地域における人材ネットワークが形成されることも視野に置いている。

4)横浜地域の現代的課題解決をテーマとする
 横浜という都市地域では、日本の工業化の先進地域である京浜工業地帯、関東大震災後に建てられた近代建築、第二次大戦後の高度成長期に形成されたニュータウンや郊外住宅開発などに典型的にみられるように、日本の成長を支えるさまざまな装置がそれぞれの時代の要請で開発され、多くの技術や知恵や文化を生みだしてきた。今日の課題はそうした歴史や地域の文脈と切り離せない関係にある。臨海部の産業再生、都心部の遊休オフィスの転用、近隣商店街の活性化、産業地域も含む各エリアでの緑の再生など、地域の中から課題そのものを発見し、現代的課題解決をテーマとする教育を行うことは、本学の理念である「実践性」や「開放性」に対応した取組である。

5) 中長期的に地域活性化に貢献する
 課題解決は実際に役立たなければ意味がない。しかし本事業が教育プログラムである以上、単なる処方箋づくりを目的としているわけではない。むしろ教育の本質を考えれば、新たな課題を発見することも地域活性化に資すると考えられるし、学生が考えた提案を地域の側で批評してもらいそれを踏まえた修正案を提案することで学生にとっても地域にとってもプラスになるととらえられる。
 本事業では、短期的な解答だけを期待するものではない。これまで述べてきた特色により中長期的に地域活性化に貢献し、地域と連携したシステムを構築し、学問分野自体が活性化され、地域に貢献する人材を輩出することを目指すものである。

■取組内容の独創性・新規性
 プロジェクトをベースにして地域連携・参画型の教育を行うことは、従来、1つのゼミ単位あるいは特定の課題について試みられていました。しかし、本事業のように地域課題解決の人材養成のため、各領域が参画するプロジェクト型の取組には新規性があり、そのために『地域交流科目』を新設します。
 さらに横浜地域という企業活動も活発で市民意識の高いエリアでこうした取組を行うことにより、大学と企業、行政、市民の間に緊密なネットワークが徐々に形成され、信頼をベースとした社会関係資本(Social Capital)が蓄積されるという中長期的な効果が期待されます。こうした点もこの取組の特長になると考えられます。
 さらに、これまでの取組の蓄積のうえに、『地域交流科目』のもとに全学的な取組としてそれらを連携・強化させる点が本事業の最大の特長といえます。


■地域活性化のための政策課題への適合性
 『地域再生推進のための基本指針』や『530万人雇用創出プログラム概要』など、地域活性化のための政策課題への対応・適合についての基本的考え方は以下のとおりです。

1)自ら発想し行動することで地域は活性化する
 地域が自ら発想し、自らの責任において行動することにより地域は活性化する。地域活性化推進の中心は、現場に近い市町村(特別区含む)であり、民間(地元企業、市民、NPOなど)と連携して政策を推し進めていくことが基本である。このような公民連携(Public-Private-Partnership:PPP)が地域活性化のカギであり、大学がその間を有機的に結びつけながら知的貢献を行うものである。今回の取組は、このような公民連携のもとで『地域交流科目』において学生が主体的に参画する実践的教育プログラムを組むことによって課題解決型の人材育成を行うことを目的とする。

2)「活性化」のoutputは、地域における持続的な雇用創出である
 雇用創出のためには特に、新規分野を含むサービス部門の充実が重要なカギとなる。横浜地域は経済面のみならず生活面においても東京とのつながりが強く、サービス部門など第三次産業が弱い。また、高度成長期に日本経済をリードした京浜工業地域も、円高に伴う企業の海外移転、製品輸入の増大により遊休地が広がり、グローバリゼーションと知識経済下で構造転換を迫られている。
 地元商工業の自律的な発展、医療・介護などの福祉産業の新たな発展は、地域に根ざした雇用を創出するうえで重要な役割をもつ。本事業においてもそうしたテーマを中心に据えた教育プログラムを推進するものである。


■想定される教育の社会的効果
◎我が国の高等教育の質的向上への効果
 地域の課題発見・課題解決策の提案・実施・評価という基本にもとづく教育プログラムを『地域交流科目』として開発し実践することにより、自律心と課題解決能力をもつ人材を養成することができます。とりわけ、高度な産業が集積し市民意識も高い横浜地域で実践教育を行う効果は大きく、新たな時代を切り開く資源が蓄積されると期待できます。
 本事業を各領域が参画する全学的取組として行うことで、各分野間の交流を促すとともに、プロジェクトベースの実践で得られた成果は既存のディシプリンの活性化や新たな分野の構築という形で、高等教育の質的向上に中長期的に貢献することが期待されます。

◎他大学等への波及効果
 『地域交流科目』を核とした新しい教育方法や教育プログラムの開発およびその成果を広く情報発信することにより、他大学に対して大きな波及効果をもたらすことが予想されます。
 中長期的にみると地域のネットワーク形成、社会関係資本の蓄積の面で効果が期待され、さらに、『地域交流科目』を通した大学と地域の各主体の関係強化プロセスそのものが1つのモデルとして情報力をもつと考えられます。

■評価体制等
 平成16年度の段階で学内には「地域交流プログラム実施委員会」が設置されるとともに、本プログラム推進組織に学外の専門家が複数加わり、実行段階から内外の多様な視点をもって事業を進めることになりました(組織関係図参照)。
 具体的な成果の評価方法としては、年度末に行う予定のシンポジウムにおいて学外者(主として地域交流プロジェクトや講義に直接関わった関係者)による評価を行い、それを公表するとともに、次年度への反省材料として活かしていきます。
 また、ホームページや年報発行などによって情報を広く発信することで、外部からの評価を常時受けられる体制とします。

組織関係図


4 実施計画

 本事業は、準備・着手期、展開期、評価・ステップアップ期と3期に分けて実行する計画です。

■平成16年度:準備・着手期
◎学内外の体制づくり
◎『地域交流科目』構築準備
 ・『地域交流科目』を平成17年度からスタートするための準備
   -『地域交流科目』群新設のための諸準備
   - 試行的に実施したコア科目の充実
   - 関連科目のピックアップと連携関係づくり
 ・地域の企業、行政等への周知と協力関係づくり
◎情報発信等
 ・ホームページの立ち上げ。随時情報発信
 ・年度末にシンポジウム開催
 ・年報の発行

■平成17年度:展開期
◎『地域交流科目』の運用
◎引き続き地域連携強化
◎引き続き情報発信

■平成18年度:次のステップに向けて
◎『地域交流科目』の本格運用
◎『地域交流科目』を中心とする教育プログラムの評価実施
◎次期事業計画の立案

■中長期ビジョン
 以上は本事業の取組期間である3ヶ年の事業計画であるが、『地域交流科目』の運用により、事業終了時には次のステップに向けた検討を行う予定です。現段階で想定される中長期ビジョンは以下のようなものです。
◎『地域交流科目』をさらに充実させ、この科目を一定数(一定条件のもとで)修得すると「(仮称)地域交流ユニット修了証」を発行するような仕組みの構築(=中期ビジョン)
◎『地域交流科目』の運営を通して形成される地域社会とのネットワークをもとに「横浜地域ビジョン提言コンソーシアム」のような組織の構築(=中期ビジョン)
◎以上のような取組を踏まえた「YNUまちづくり教育・支援センター」設置(=長期ビジョン)


5 これまでの取組

 本事業に関連するこれまでの主な取組は以下に示すとおりです。
本事業はこれらの実績をベースにシステムとして取組を拡充・強化し、新たな教育プログラムとして定式化するものであります。

■建築学コース(工学部・工学府)を中心とした取組み
A.地域貢献共同プロジェクト・受託事業
 ・「和田町いきいきプロジェクト」(平成13年度〜16年度、横浜市保土ヶ谷区)
 ・「コミュニティビジネス活動拠点モデル事業」(平成16年度、横浜市経済局)
B.地域活性化共同研究等
 ・「横濱まちづくり倶楽部」(平成13年度〜、会員制の自主組織)
 ・「港北ニュータウン研究会」(平成8年度〜、研究を目的とする自主組織)
C.学内資金を活用した地域貢献事業
 ・「活力再生まちづくりのための総合技術開発」(平成14、15年度)
D.独自のカリキュラム
 ・建築学コースにおける設計教育を核にした創造教育
 ・「新技術と起業」および「新技術と起業2」による起業教育

■経済学部・国際社会科学研究科を中心とした取組み
A.ゼミ活動を通した地域貢献
 ・学生参画型の地域調査演習
  テーマ例:「京浜臨海工業地帯の現状と課題」「横浜元町商店街の現状と課題」
 ・合宿によるによる交歓ゼミ
  テーマ例:「地域医療システムの構築と地域経済(千葉県がフィールド)」(平成16年度)
B.市民参加型研究プロジェクト
 ・『金沢世界都市戦略』の提言とその後の市民参加型実践
C.政策研究・政策提言
 ・「臨海部再生研究会」の組織化と諸活動

■教育人間学部・環境情報学府を中心とした取組み
A.研究成果に基づく植樹活動 
 ・地方自治体、企業、市民との連携で広範に展開