多様性のなかでいろいろな人が学び合う“学びの共同体”をめざして

純粋未修の大企業理系総合職から司法試験挑戦
※全く法律の勉強をしたことがないもの

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長谷部 このたび、横浜国立大学の法科大学院を修了した社会人学生の菅原さんが、四肢に障がいがあるというハンディキャップを乗り越えて見事司法試験を突破しました。今日は菅原さんと我々大学関係者で、菅原さんの合格をお祝いするとともに、障がいを持った学生に対する大学側のサポートのあり方、あるいはユニバーサルな環境作りに関わる大学の課題などについてお話していきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
 まずは、菅原さんが法科大学院に入学するまでの経緯について伺えますか。

菅原 はい。私は、司法試験を目指す決意をするまで、学部も仕事もずっと理系でした。学部は、東京水産大学(現東京海洋大学)を卒業しました。第一志望の大学に不合格となり、後期日程で合格して入学したため、入学当初はやるべきことがなかなか見つからない状態でした。ただ、私は、食べることや美味しいもの好きだったこともあって食品生産学科に入学していたので、食品製造学や食品化学などを学ぶうちに食品メーカーで仕事がしたいという思いが芽生えてきました。そして、平成9年の卒業と同時に明治乳業株式会社(現株式会社明治)に総合職として入社し、工場での生産管理や研究所での商品開発を担当しました。十数年ほど勤めた頃に交通事故で大怪我をし、車椅子での要介護生活になってしまいました。不自由な身体でどう会社に貢献できるかについて会社と相談したのですが、重度障がい者となってしまった状況で勤務を継続するのはなかなか難しいのではないかという結論に至りました。その後、なんとか再起を図りたいとの思いで、法科大学院の受験を決意しましたが、試験を受けようにも字が書けない状態です。いろいろな方に相談してみたところ、株式会社明治の同僚であった技術者に音声認識ソフトで文書が作れるように訓練してはどうか、とアドバイスを頂きました。その同僚は、私に最適と思われる音声認識ソフトをスクリーニングしてくれた上で、プレゼントまでしてくれました。私は、必死になって、音声認識ソフトを使いこなせるように訓練をし、音声認識で文書が作れるようになりました。加えて、受験に際しては、他にも様々な壁がありました。横浜国立大学は、私が受験させていただくに際して、いろいろと配慮をしてくださり、無事に受験をすることができました。そして、横浜国立大学は、合格後も、私が無事に修学できるように様々な配慮をしてくださりました。本当に良い大学だなと思いました。

 そうおっしゃっていただけてうれしく思います。法科大学院としても障がいによって入学ができないということがあってはいけないと思う一方で、入試の公正性をいかに保つかということについてかなり議論をしました。

長谷部 法律に関心を持ったきっかけは。

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菅原 怪我で長期間にわたり入院しましたが、退院時期の決定、身体障がい者手帳の手続き、電動車いすの購入、自宅をバリアフリーにするための住宅改修の助成金や介護についてなど、ありとあらゆる場面で法律の知識が必要だったんです。市役所に相談に行くと個別の手続きに関する相談には一つ一つ親切に対応してくれるのですが、一度に全てを解決できるトータル的なサポートやアドバイスはなく、スムーズに手続きを進められませんでした。各分野それぞれで制度も前例も違い、それがなかなかつながっていない状況です。けがをした身体で不慣れな折衝をすることが、こんなに大変なことなんだと実感するとともに、私みたいな人をトータル的に助けるスキルを持っている人が圧倒的に不足していることに気づいたんです。そこで、私自身が、ある日突然障がいを持って困っている人たちの力になれないかと考えるようになりました。私が弁護士になれれば、委任状をもらって代理ができるので、そういった人たちのサポートが入院段階からできるのではないかと考えました。そうすれば、同じような障がいの方のサポートがかなり早い段階からできるはずです。

長谷部 そうしたことは健常者ではなかなか気づかないことですね。すごく説得力があるお話です。

 私も社会保障法を研究するなかで、この領域において専門家によるトータルなサポートが足りてないなと感じています。菅原さんのような方が弁護士になってくれたら素晴らしいと思います。

北山 私は建築家として建築を教えているほか、キャンパスデザイン関係の担当もしています。我々も制度とぶつかっているので社会的不公正を感じることも多い。だから、実際に社会的不公正に気づいて、法律を相手に行動する職業に就かれることに共感を覚えます。

長谷部 実際に入学してみて、大学側のサポート体制はいかがでしたか。

菅原 入学前にお願いして、対応していただけたことがたくさんありました。たとえば、歩道の段差解消、通用門の通路の拡幅、車椅子トイレの改修などをしていただき、とても助かりました。その一方で、法科大学院は専用の校舎を持っていないため、音声認識で文書を作成できる場所や休憩場所の調整がつかず、しばらくは大変でした。現実問題として、連続して座位を保てる時間に制限があるため、授業が続くと車椅子に座っていられなくなってしまいます。薬を飲んでも座位が保てない時には、保健管理センターのベッドで横になっていました。その間、法科大学院の先生があちこちに一生懸命に頭を下げてくださったほか、保険管理センターの先生も意見書を書いてくださり、9月頃には休憩室兼音声認識部屋をお借りすることができました。他学部との交渉などで大変なお手数とご迷惑をかけてしまいましたが、私が学習を継続できる環境を作ってくださり、大変感謝しています。

 入学前に大学が、菅原さんと話をして、どういったものが必要かを伺いました。通路を電動車椅子でも通れるようにする。雨でも困らないように庇のある所を確保する。教室の机を車椅子対応にする。エレベーターのない講義棟での授業は1階の教室で行う。自習室は介助者と座れるように机の間仕切りを撤去する。授業の時間割や定期試験の時間を工夫する。介助者が授業に同席したり教科書や六法をめくれるようにする。こうした基本的な対応のほか、工夫しても難しいことは教員の中で情報共有したり、他学部に協力をしてもらったりしながら試行錯誤してきました。我々にとって一番ありがたかったことは、菅原さんのコミュニケーション能力の高さです。やはり我々には気づかないことが多いので、しっかり主張していただけたので本当に助かりました。法科大学院には「つながるくん」いう目安箱があるのですが、そこに積極的に意見を入れてもらえたのもよかったと思います。

僕みたいな人をトータル的に助けるスキルを持ってる人が圧倒的に不足している

僕みたいな人をトータル的に助けるスキルを持ってる人が圧倒的に不足している

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先輩方との距離の近さが横浜国立大学の大きな資産

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長谷部 横浜国立大学の法科大学院で学んだ感想は。

菅原 先生3名と各学年縦割りのチームからなるアカデミックアドバイスという制度に大変助けられました。私は、純粋未修で入学し、1年生の4月に初めて六法を見ました。未修で入学すれば、法律を一から教えてもらえると思っていたのですが、1年生の初回の講義から内容が高度すぎて理解できない状態でした。1年生の5月くらいに、アカデミックアドバイスの会合に初めて参加して、「何か困ったことない?」と先生に聞かれ、「初回の講義から内容が理解できません。勉強のやり方も全然わかりません。」と相談しました。実際、私は、講義には出席しているし、予習もしているけれど、講義の内容が全然理解できない状態でした。その時、3名の3年生の方が、会合が終わった後に残って話をじっくり聞いてくださったんです。そのうち一人の方は後日メールで「純粋未修の人で知り合いがいるから、必要なら紹介できますよ。」と声をかけてくださり、ご紹介いただきました。結果的にその時いただいたアドバイスが、すごく役に立ちました。他にも、横浜国立大学出身の合格者の先輩方は在学生ととても距離が近く、コンタクトを取るといろいろなことを一生懸命教えてくれるのがとてもありがたかったです。私は社会人としての経験から、成功するためには成功者の体験から学ぶのが一番良いという考えが頭にあったので、合格者のほぼ全員にアポをとっていろいろなアドバイスをいただきました。合格者の方がやって下さる講座にも1年生の時からほぼ全て出席させていただきました。その結果、法律文書の書き方がわかり、成績も順調に上がっていきました。合格者の方や先輩方との距離が非常に近いことは、横浜国立大学法科大学院の大きな資産ではないかと思います。司法試験はどんなに一流の先生たちに教わって知識があっても、その知識を論文の形式で文書にできないと合格できないのです。そこの穴を埋めてくださる先輩方が横浜国立大学にはたくさんいらっしゃいます。素晴らしいことだと思います。でも、合格者講座が開催されても、基礎知識が未熟な状態で参加しても恥かくだけだからもう少し基礎力がついてから参加しようと考えて、参加しないという人が多いのは気になりました。私は、純粋未修の状態で1年生の時から、3年生以上が参加している講座にも参加させていただきましたので、大恥の連続でした。でも、恥をかいたことは記憶に定着しやすいと思いますし、恥は合格すれば挽回できます。私のところに相談に来てくれる後輩には、「受験生のうちは、恥はかきまくった方がいい」と話しています。

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長谷部 確かに、講義中に「質問ありますか?」と聞いても、なかなか質問が出てきません。菅原さんのお話からもわかる通り、大学では積極性を持つことが必要。そのあたりはぜひ、若い世代の人に学んでほしいですね。

北山 法科大学院のアカデミックアドバイスってとても良いシステムですね。実は、学問というものは、先生からだけではなく、学びの共同体で教わるものです。法科大学院には学びの共同体が確実にあるのですね。

 菅原さんの学年は色々なゼミが組まれていましたが、そのコーディネートの多くを菅原さんが行っていました。それが今回の合格者数にもつながっているのだと思います。色々な人から、様々なハンデが司法試験の合格に向けた障がいになっていると聞くことがあります。ただ、菅原さんを見ていて、成功の秘訣は、ハンデがあるかないかというという点よりも、菅原さんのような積極性があるか否かだと思いました。

菅原 私は、今年受験1回目で合格した同期の4人とそれぞれ自主ゼミを組んでいました。これらのゼミは、別々の自主ゼミなのですが、ゼミにチューターをお願いする際は、私が積極的に依頼をして、参加していただくことが多かったです。毎週土曜・日曜日にチューターとして来てくださる弁護士の先生も複数いらっしゃいました。本当にありがたいことです。

学問というのは、先生からではなく、学びの共同体で教わるもの

学問というのは、先生からではなく、学びの共同体で教わるもの

学問というのは、先生からではなく、学びの共同体で教わるもの

学習し合う環境を自律的に作っていくことが大切

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長谷部 教育人間科学部の泉先生の博士課程の学生も、肢体不自由で電動車椅子で通学していましたね。

 彼の場合は毎日お母様が介助に来られていましたが、修士1年の後半ぐらいから周りの大学院生たちが進んで多くを協力してくれるようになったと聞いています。一緒にいる時間が長いと自然と仲間関係もできてくる。その同級生達は皆、特別支援教育の業界で活躍しながら、現在でも良い関係を続けています。今の学部にも、聴覚障がいの学生がいます。大学からお金が出てプロの方に授業中のノートテイクをやってもらっていますが、とても全部の単位数は足りません。本来は大学ですべての単位分をフォローしなくてはいけないのですが、学部1、2年生は履修する授業も多くてどうしても足りないんです。そこで、学生同士がボランティアで協力している。そうするとやっぱり仲間関係が構築されるし、不思議と成績のよい学生が多くなる。お互いに彼に授業内容を正確に伝えようと努力するしそのための方法を自然と仲間で学び合う。学習し合う環境を自律的に作っていくことが大切なんですね。
どちらの障がいのある学生も、菅原さんと同様コミュニケーション能力が高く明るい性格で人を惹きつけるところがあり、彼らを中心に自然と仲間が集まってくるようなところがあります。

長谷部 1987年か8年に、私のゼミにも車椅子の学生がいました。8人のゼミ生がみんなでサポートしましたが、当時の日本では苦労が多いと感じました。90年にアメリカのバークレー校で1年間在外研究した時、バークレーの街そのものが当時からバリアフリーになっていて、学校の中にも車椅子の学生もたくさんいた。バスも電動で引き上げて、2台3台乗っても皆待っている。街そのものから受け入れられるような感じでした。ユニバーサルな考え方はハードよりも人間がそういう意識を持つことが大事です。それ以降、グローバルな人間になるためにはユニバーサルな感覚を持つことが必要だし、公共空間としての大学もユニバーサルな対応を行うことが大事だと思ってきました。この4月に北山先生にキャンパスデザインをお願いした際、ユニバーサルデザインをお願いするという事で計画を立てて実行に移していこうと考えているところです。

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 我々の学部でも、「東京オリンピック・パラリンピックのあり方」という講座を開き、これまでオリンピック・パラリンピックに関わった方や、アスリートの方をお呼びして、オリンピック・パラリンピックを同等に扱って双方に関心をもってもらおうと考えています。本学の卒業生で聴覚障がいのある400mハードルの選手と、その奥様で視覚障がいのある走り幅跳びの選手のお二人にも講義をしていただき、受講生たちに大好評でした。学生たちには2020年の東京オリンピック・パラリンピックに積極的に関わってほしいと思っています。今から選手になるのは難しいかもしれませんが、特にパラリンピックにはたくさんのボランティアが必要ですのでそのような側面からの関わり方もあると気付いてもらえたのではないかと思います。

長谷部 昨年12月にオリパラ対策室長で横浜国立大学の卒業生でもある平田さんと対談し、障がい者のスポーツ施設がある横浜を障がい者スポーツのメッカとして売り出せるのではと相談しました。学生の意識もパラリンピックに向いてくれればと考えています。

菅原 それはとても良い考えだと思います。私も障がいを持つまで、障がいのある方と接したことはありませんでした。そういうことを学生にも早いうちに認識してもらって、大学でパラリンピックの支援を積極的に推進してもらえると、日本の若者の育成にとって有意義なことだと思います。また、車椅子に乗っている人の視点や気持ちは乗ってみないとわからない部分もありますので、興味のある方には、一度車椅子に乗って街を散歩してみることをお勧めします。

長谷部 障がい者や留学生も含めて多様性のなかでいろいろな人が学び合う、学びの共同体のような形を、大学がハードもソフトもしっかり創って行くことの重要性を改めて感じました。そうすることで、周りの学生も教職員も成長していける場にもなっていくと確信しています。本日はありがとうございました。

profile

菅原 崇

菅原 崇

2015年司法試験合格者。
横浜国立大学の法科大学院を修了後、初回受験で合格し、日本初の音声受験合格者となる。明治乳業株式会社及び株式会社明治に技術系総合職として2011年まで在籍。携わった商品は冷凍食品、明治おいしい牛乳などの白物飲料、高齢者食品など。

関 ふ佐子

関 ふ佐子

大学院国際社会科学研究院教授。
博士(法学)。専門は社会保障法、高齢者法。2003年に本学着任。入学時から菅原氏の各種相談にのる。

泉 真由子

泉 真由子

教育人間科学部准教授。
博士(人文科学)。専門は特別支援教育、発達臨床心理学。2008年4月に本学着任。菅原氏と同じ障がいを持つ学生の指導もしている。

北山 恒

北山 恒

大学院都市イノベーション研究院教授。
工学修士。専門は建築史・意匠。1987年に本学着任。横浜国立大学のユニバーサルデザインを監修。

長谷部 勇一

長谷部 勇一

横浜国立大学長。経済学修士。環太平洋産業連関学会会長、中国産業連関学会顧問などを歴任。研究分野は比較経済システム論、産業連関論、環境経済論。