西澤 美幸(にしざわ みゆき)株式会社タニタ 開発部開発企画課 課長。栄養士の資格を保持し、健康関連機器の開発を担当。横浜国立大学 教育学部卒業。

食育への取り組みは三者三様

金子 本日皆さんとお話しさせていただくテーマとなる「食育」は、いま教育の現場を中心に重要視されています。そこで、栄養士の資格もお持ちで、株式会社タニタで健康関連機器の開発を担当され、横浜国立大学の校友でもある西澤美幸さんと、横浜F・マリノスで子どもたちへの食育プロジェクトを手がけられる望月選さんにお越ししただき、それぞれの立場における食育への取り組みについてお伺いしたいと思います。

西澤 学生当時、金子先生には「栄養学」について教わり、その内容を子どもたちにわかりやすく伝えるためのパソコンソフト開発について、卒論でまとめたのですが、まさにこれが「食育」との出会いでした。食べたい料理の組み合わせをパソコンの画面上で選ぶと、トータルの栄養計算の結果がグラフで表示されるというものですが、試行錯誤した当時を思い出します。

金子 従来、栄養士さんが栄養計算をする際は、食品単位でデータ入力するところを、子どもたちが分かりやすいようにと、料理をベースにしたのがポイントでしたよね。現在、「食事バランスガイド」で主食・主菜・副菜の料理を組み合わせるという考え方と同じです。卒業後は、健康計測機器メーカーである株式会社タニタに就職されましたが、最近では社員食堂のレシピが話題になっていて、食に関する関心の高さがうかがえます。

西澤 もともとタニタでは本社内に、会員様向けに肥満解消と適正体重実現を指導する「ベストウェイトセンター」を開設し、特別なメニューを提供していました。現在センターは閉鎖しましたが、そこで開発されたレシピを社員食堂で提供したところ、社外の皆さまにも注目していただけるようになりました。

金子 横浜国立大学でも、教職員の「メタボ対策」の一環として、週に1回、大学会館食堂「PORTY」でダイエットメニューを出すことになり、私はその監修をさせていただいています。今皆さんに試食いただいているものですが、肉か魚の主菜を中心に、野菜の副菜2品と汁物、そしてご飯を組み合わせたランチメニューを500kcal程度で提供しています。

実際のお料理はシェフにお任せしていますが、メニュー開発には、研究室の学生たちにも参加してもらっています。理論的に学んだことを実践で確認できるため、教育面でも成果があがっています。

望月 私が所属する「横浜F・マリノス」でも選手の食事内容については配慮しています。専属の管理栄養士が考えてくれていますが、やはり基本は同じですね。むろん、選手の食べる量はハンパじゃないですから、1500kcalくらいになりますが(笑)。

金子 ハードな練習をこなされる選手の皆さんにとってはその位の熱量は必要ですからね。「横浜F・マリノス」では、小学生を対象に「食育」にも積極的に取り組まれていますが、どのような内容ですか。

望月 4年ほど前から、「サッカー食育キャラバン」として、横浜市内を中心に学校を回っています。それ以前は、「サッカーキャラバン」の名で小学5年生を対象に、サッカーを通し、スポーツする喜びを伝える特別授業をさせていただいていました。ところが、本来なら運動能力がほぼ完成するはずの5、6年生の時期に、そこに至っていない子供たちが多かったため、もっと早い段階で運動や体づくりに対する意識を高めるような工夫が必要だという意見から、対象を小学2年生に下げ、「食育」も取り入れたのです。

選手らと小学校に伺い、運動したあと給食も一緒にいただき、さらにプリント教材を使って食事の大切さについてお話をするというプログラムです。

さらに、中学・高校についても、こちらは講演という形ですが、回らせていただいています。給食ではなく弁当になると、せっかく身につきかけた習慣が崩れてしまいがちになるというということで、このタイミングでの食育にも注目しているのです。

大学会館食堂「PORTY」で「メタボ対策」として提供しているダイエットメニュー

大切なのは食や運動に対する「意識」をつくること

金子 お話をうかがって、とても有意義な活動をなさっていると感じたのですが、手ごたえはいかがですか。

望月 運動とセットになっていますから、「おなかがすいたら食べよう」という基本的なメッセージが、とても伝わりやすいですよね。そして、好き嫌いのある子どもに対して、トップ選手が「自分も嫌いだったけど、サッカーがうまくなるために鼻をつまんで食べた。そうしたら好きになった」という具体的な話をすると、それなら少しずつでも食べてみようかと、なるわけです。

西澤 それは学校の先生に言われるより断然ひびきますよ。なんといっても、あこがれの選手の言葉ですからね。

望月 そうかもしれませんね。そうした体験を子どもが家に帰って話すと、それまでは「嫌いなものは無理に食べさせなくても……」と考えていたお母さんも、「じゃあ、食べられるように一緒に頑張ろうね」と考えが変わるようです。実は子どもの好き嫌いの原因の一つに、母親が自分の嫌いなものを食卓に出さないということもありますからね。

金子 それぞれの子供にとってはたった1回のイベントでも、それをきっかけに、親子ともども意識が変わる可能性がある。これは大切なことですね。

西澤 タニタでも、社員食堂でバランスの取れた食事を摂るのはランチのみということになるのですが、それをきっかけに意識が芽生えると、ほかで食べるときにも料理や食材の選び方が変わるんですよね。そして、食べ物や運動に対して意識が高い人と低い人とでは、体組成などのデータを見ても、はっきり違いが出ます。

望月 選(もちづき えらぶ)横浜マリノス株式会社 ふれあい・普及推進本部ふれあい課 課長。「サッカー食育キャラバン」として、横浜市内の学校を中心に回り、
「食育」に取り組んでいる。

そのため、自らの健康づくりにとって「根っことなる意識」を作るお手伝いになるような仕事を、本来の業務である健康機器の開発を含めてやっていけたらと、常々考えています。

金子 その意識が親から子に伝わる。そう考えると、食育は子供に対してだけでなく、大人に対しても大切だということが改めてわかりますね。

望月 マリノスでも、新人の選手には入団時に、食事のコントロールについても入念にカウンセリングを行います。自分の現状を含めて、正しい知識を持つことが第一歩ですからね。意識を高めるという意味では、栄養学を学ぶ女子大生の皆さんとコラボし、一緒に調理実習を行うといった企画も実施しています。

西澤 それは、小学校にサッカー選手が来るのと同じくらい効果的かもしれませんね(笑)。

金子 企業と大学が何かのかたちでコラボしていく。私たち大学に対する期待、そして果たすべき責任は大きいですよね。また、私たち教員は、全学の学生を対象にした教養科目として、食事や栄養に関連する内容の講義も担当していますが、それを日常に浸透させる工夫が、いっそう必要になりますね。

食を楽しむための食育はグローバル化にも貢献

金子 「食育」が大きな関心を集めるようになったのは、いわゆるメタボをはじめ生活習慣病の増加、医療費の膨張といった問題からですね。ただこれは、わが国だけの事情ではありません。大学院では、日本の食育と海外の食育の比較研究なども扱っているのですが、抱えている問題は諸外国も同じ、いやむしろ、日本より深刻かもしれません。

西澤 欧米人は健康意識が高いと思われがちですが、それはごく一部の人たち。データを見ると、平均的には日本人のほうがかなり優秀です。

望月 海外遠征に行って外国人選手の「食べっぷり」を見てもわかりますよ。アイスクリームをリットル単位でペロリと平らげるんですから(笑)。

でもそこには、食文化とともに体質そのものの違いもありますよね。南米の選手などは朝から肉をガッツリ食べて、日本人と身長は変わらないけれど、胸板など各段に厚い。しかし日本人がマネをして同じものを食べたら、たぶん筋肉でなく脂肪になってしまうでしょう。やはり私たちには、先ほど話に出たような、野菜たっぷりのあのバランスが合っているのだろうと。

金子 そうなんです。実は「食育」には、食べることをいかに楽しむかを教えていくという、もう一つの大切な使命があります。おっしゃったような国ごとの食文化の違いを理解し、いろいろなお料理を楽しめるようにすることも、食育の大きな要素の一つといえます。

西澤 私も正直英語は苦手ですが、コミュニケーション能力って、必ずしも語学力ではないと思うんです。伝えたいことをなんとか伝える方法を見つけ出す能力こそが大切だと。その意味では、食べ物がよいきっかけを作ってくれる気がします。外国人と楽しくテーブルを囲むことができたら、それだけでぐっと距離が縮まって交流しやすくなりますよね。

金子 佳代子(かねこ かよこ)横浜国立大学教育人間科学部 教授。専門は食生活学。大学会館食堂で「メタボ対策」ダイエットメニューを監修。

金子 「食のグローバル化」というと、食料自給率とか、輸入食品の安全性といったことがまず思い浮かぶと思いますが、「食」自体がグローバル化を進める上でとても有効なツールだということですね。ですから、早いうちからいろいろな国の料理を食べる体験をして、なんでも食べられるようにしておくことも必要です。

望月 横浜市では給食で定期的に世界の料理を出すという試みも始まっていますが、これはとてもいいことですね。

金子 海外遠征での食の体験談などを子供たちに伝えていただくことも大いに役立つと思いますよ。

望月 今日お話しをうかがって、われわれスポーツに携わる人間の果たすべき役割は広くて大きい、選手が自分の技術だけを磨いて、よいプレーをすればいいという時代ではないのだと、改めて感じました。その意味では、サッカー界は、トップ選手が学校に出かけて、挫折や失敗も含めた自分の体験を子供たちに聞いてもらう「夢先生」のプロジェクトなど、積極的な取り組みを進めているところです。「食」の分野は、とりわけ運動と深いかかわりをもつ分野ですから、私たちにできることは少なくないでしょう。

現在のマリノスの取り組みを充実させることをはじめとして、いろいろ考えていきたいと思います。

西澤 果たすべき役割が大きいということでは、一般企業も同じです。タニタは、文部科学省の食育に関する有識者会議に参加させていただいています。私どもの本分は言うまでもなく健康機器を作って売ることですが、その自社製品を有効に活用していただける方、つまり健康な方を育てることに貢献したい。そのためにも、食育が重要だと考えているのです。

食べ物に気をつけ、運動を心がけ、その結果を計測し評価する。このサイクルが、私どもの製品を使うことで楽しいものになってくれたら、そして、皆さまがもっと積極的にご自分の健康増進に取り組んでいただけたらと願っています。

金子 やはり「楽しむ」ことがキーワードのようですね。先ほど述べた、食育の「食を楽しむ」という側面にもっと光があたるよう、研究者・教育者として努力していきたいと思います。

今日はどうもありがとうございました。