2013年夏、南米・パラグアイに小学校を建てる活動をしている学生18人を率いて現地に1カ月弱滞在した都市イノベーション学府・研究院・(兼担)教育人間科学部人間文化課程に所属する藤掛洋子先生の研究室を訪ね、参加した大学院ならびに学部の3名の学生のみなさんとともにお話しを伺いました。

パラグアイでの学校建設を通し、国際協力へのプロセスと実態を学ぶ

―昨年夏、学生18人を率いてパラグアイを訪れていますが、その背景や目的は。

藤掛 93年に国際協力機構(当時事業団)青年海外協力隊として初めてパラグアイを訪れた後、ミタイ・ミタクニャイ(子ども)基金(以下、「ミタイ基金」) (*1) との活動して、これまで4つの学校を現地で作りました。これまでの活動を見ていた学部生から、「5つ目の学校は僕たち・私たちの手で作りたい!」という申し出が2012年にありまた。「国際協力の現場ってすごく大変だよ。甘くないよ!それでも学校建設に関わりたいのかな?」と、国際協力に携わる厳しさを伝える一方で、その厳しさを通して、学生たちが得られる経験はきっとプラスになる。彼らに夢を託してみたい。「この大変なプロセスを学生に伝えることも私の使命」だと感じて学生たちのプロジェクトは始動しました。

小林 私はいま都市イノベーション研究院の博士前期課程で学んでいるのですが、昨年先生から声をかけていただき、ぜひ参加したいと思いました。先生の著書に感銘を受けて、この大学に来た私にとって、パラグアイはとても関心のある国の一つです。本で紹介されていたその国の農村女性たちに実際に会ってみたいという気持ちと、感銘を受けた先生のフィールドワークの現場を見たいと思い、パラグアイ渡航への参加を決意しました。

徳永 僕はアルバイトに明け暮れる苦学生だったので、海外へ行くこと自体を諦めていました(笑)。でも先生から「学生支援機構の奨学金も一部受けられる可能性があるし、がんばれば行けるよ!」と背中を押していただき、「そうか、自分でも行けるんだ」って気づいたんです。この機会を逃したら長期の海外なんてこの先行けないかも、いま行かなければ後悔すると思い、行けないという前提ではなく、行けるという前提で準備を始めました。

小林千紘(都市イノベーション学府2年)

藤掛 学生たちが民芸品のフェアトレード(公正な取引)を企画して学園祭で販売するなどで得た収益や、新聞などで取り上げられた記事などを見て寄付して下さったお金などで学校建設のための費用の8割は集まりました。学生たちは簡単に「学校建設」という言葉を口にしますが、こうしたファンドレイジングの過程を実際に経験するなかで、いろいろな方の協力があってはじめて子どもたちへの教育支援の第一歩に踏み出すことができるんだということを知ったのではないでしょうか。学校建設という目標のために、何にアプローチし、誰と交渉するのかといったプロセスも学んでもらうことが私が腹をくくった(笑)一つの理由でした。

*1 パラグアイの先住民族の言語であるグアラニー語で、ミタイは男児、ミタクニャイは女児を意味します。

徳永健人(教育人間科学部4年(2015年度は修士1年))

日本の外に出て自分が「何者」かを考えるきっかけを得よう

―実際にパラグアイを訪れてみた印象は。

細川 初めての海外でのフィールドワークだったため、いろいろな本を読んで入念に下調べをしました。でも、実際に現地に行ってみたら、本とは全然違う世界が広がっていました。その都度戸惑い、ホテルで調べ直すといった繰り返しでした。そうした経験を通し、本の情報は一部に過ぎず、100人いたら100人の考えや思い、そして複雑な意思がある。「そうか、それで世界ができているんだ!」と気づきました。

徳永 約1カ月発展途上国に滞在するということで、身構えていたのですが、まず現地のみなさんの笑顔が印象的で、その国民性の温かさに触れ、すぐに緊張が解けました。先生が支援している村に“入り込んで”フィールドワークを体験したのですが、そこは個人ではまず行けない場所。自分では掴み取れない貴重な経験をしたという実感がありました。

小林 現地で出会ったさまざまな人、そして体験を通し、自分は実はこういうことが好きだったんだ、そしてこんなことを知りたいし、やってみたいんだ。ということを確かめることができました。自分を見つめ直すという意味でもとても貴重な機会でした。

藤掛 現地の方々の暮らしに直接「触れる」ことで、“リアリティ”を感じたのでは。実際に現地に足を運ぶと、いろいろな「真実」がみえてきます。ただその「真実」は人によって見え方が違うのも事実。興味のある人には見えるけど、そうでない人には見えない「真実」があります。私自身、さまざまな地域に身を置くことで、研究テーマであるジェンダーの問題に辿り着きました。みんなが体験したフィールドワークは、一種の自分磨きであり自分探しなのです。日本を出てまったく違う価値観や文化と接し、比較することで、自分とは何者なのか、そして日本とは何かといったことが分かるのだと思います。

インプットしたことをアウトプットすることで学びは広がる

―パラグアイから帰国して、みなさんにとって変化したことは。

徳永 パラグアイに行く前は、支援したい子どもたちの顔を見ないまま活動していたため、自分たちの活動に漠然とした部分がありました。大学内で現地の民芸品を販売するイベントを帰国後も行っているのですが、実際に子どもたちの笑顔に触れてからは、こうしたイベントに携わる際のモチベーションが全く違います。そして、自分たちが作り上げているものが目に見えるようになりました。

小林 私は帰国後、渡航帰国報告会などに参加し、現地でインプットしてきたことをアウトプットすることがとても重要だと感じました。自分が体験したこと、感じたことを体系化する良いきっかけにもなりましたし、口にしてみて改めて理解が深まるということが多々ありました。こうした発表の場を用意くださったことにも感謝しています。

細川 パラグアイでは、気になったことをすぐに聞いてみたいという好奇心から、常にアンテナを張っていました。この機会を逃したら、という気持ちだったので、物怖じせず現地語のグアラニー語通訳の方にお願して、話を聞いていました。そうして見聞きしたすべてが発見でした。そのため、帰国後もいろいろな場所を訪れた際、これまで存在は知っていたけど、見ようとしなかったことが次第に見えるようになりました。ものごとを見る時、どういう経緯で、どんな気持ちがその背景にあるのかという視点が自然と身についたように思います。

藤掛 日本人にとって南米のパラグアイは馴染みが薄い国の一つです。でも、今回の渡航プログラムに参加した学生たちは本当に多くのものー他者への思いやり、人としてどう生きるか、人間って一人では生きることができない、などなど・・・―を現地の方々から頂きました。私は帰国してその後、次年度の渡航については一切学生には話していません。でも、学生たちが自ら企画してパラグアイ再渡航計画を立てていたのです。とてもびっくりしました。それだけパラグアイのことを好きになってくれたのだと思うと、18名の引率はとても大変でしたけれど、それでも一緒に渡航して良かったと。

細川高頌(教育人間科学部3年(2015年度は4年))

だからこそ、帰国後にも現地の文化を広めるイベントを開催したり、報告会で多くの方に耳を傾けてもらったりすることは、相互理解や文化交流といった意味で大変貴重です。こうして一つの国に焦点をあてて突き詰めて考えた経験は、他の国にも応用できるし、大学で学びの軸足を決められた人は学びを深めることができると思います。今回の渡航に関するビデオはもう3本も完成しています。是非、見ていただきたいものです。

教員と学生が一体となり、一生心に残る学びの場を創造

―みなさんにとって今回のプロジェクトの成果やエピソードは。

藤掛 例えば、小林さんは、日本の東北で女性の出産に興味を持ち、学んでいましたが、今回訪れた南米や、他にもJICAX横浜国立大学連携案件としてJICAボランティアとしてアフリカ・ザンビアに渡航しました。二つの国の女性の出産の状況について比較できたのではないでしょうか?このようにさまざまな比較を行うことで、これまでの価値観を良い意味で一旦崩し、改めて違う価値観を構築することが大切です。

小林 学部生の時は別の大学で、職業としての資格を取得することに集中してしまったので、横浜国大で先生に出会ってからは、海外経験を積みたいと思うようになりました。いまは良い意味で将来の進路に迷っています。病院で看護師として貢献するという以外の可能性が広がったからです。

何かしら女性の健康に寄与したいと考えています。声をあげると常に引っ張ってくれる先生に出会い、チャンスをいただきました。

細川 現地で「先生、僕たちを連れてきて何か得はあるんですか?」と尋ねたことがありました。その時先生は、「いやー、ないよ(笑)。でも、自分がこれまで経験したことがみんなに伝わって、パラグアイや今後も他の国で自分の生き方や幸せを考え、そして他の人のためになんらかの貢献ができれば、そんな繋がりがいつかできれば意味があるかな」とおっしゃったのを聞き、これだけ若者のことを考えてくれる先生がいるんだって、本当に衝撃を受けました。

藤掛 大学教員は、日本語以外の言語(特に英語)で発表した論文を何本著名な学会誌に投稿したか、ということで評価されるわけですが、横浜国大は、こうした活動を評価してくださる懐が大きな大学です。私も学生のみなさんから学ぶことがたくさんありますし、何よりこうした活動そのものを、大変ですが、一緒に楽しんでいます。

それぞれの立場から見たグローバル人材とは

―みなさんにとっていま話題の「グローバル人材」のイメージとは。

細川 グローバル人材と聞くと、欧米の国々と、バリバリ英語で交渉しながら仕事ができる人というイメージがありました。でも、パラグアイから帰国したいまは、先進国同士のやり取りの中で、損している人、被害を受けている人いないのか? そこまで含めて考えられる人がグローバル人材ではないかと思います。

小林 海外に出て行くことが、グローバル人材というイメージがありますが、日本にいて、海外のニュースにアンテナを張ったり、自分が訪れたマイナーな国について、こんな国だよとまわりに紹介してみたり、日本にいても海外に興味を向けられれば良い気がします。「海外に行く=グローバル人材」ではなく、海外との関係が欠かせないいまの日本の状況を他人事ではなく、受け入れられる気持ちを持つことが大切だと思います。

徳永 僕もビジネスの現場で活躍する人というイメージがありました。でも、パラグアイから帰ってきて、現地で見たもの、気づいたことを報告会や、まさにいまこうして取材でお話をさせていただいているように、僕自身が情報源となっている時点で、グローバル人材の役割を部分的に果たしているのではないかと思っています。たくさんの方の協力で貴重な体験をさせていただいたわけなので、今後この体験を伝えることで、いろいろなところで還元できればと思っています。

実践的な体験が、学びそして、生きるモチベーションに

―最後にみなさんから今後の学びへの決意やメッセージを。

小林 東北大学で看護学を学んでいた私が進学した都市イノベーション学府で、いろいろな分野の先生方の授業を横断的に履修するうちに、いろいろな視点で世の中を見ている研究者の方がたくさんいらっしゃることに改めて気づきました。時系列でものごとを見たり、いまやっていることが他者にどのような影響を与えているか考えたり、いままで自分が学んできたことを振り返るきっかけとなるなど、ますます学ぶことがおもしろくなりました。大学という場所は、おもしろい授業や体験がたくさんあります。だからこそ時間を有効に使って、吸収できることはすべて吸収していきたいと思います。

徳永 将来メディア業界で働きたいと考え、1年生の時は、メディア関連の授業を履修していました。実践的でとても充実していたため、学ぶ楽しさに目覚めてしまいました。そこで、大学生でなければできない学びを追求してみたいという想いに駆られていたところ、藤掛先生がこの大学に赴任されて、運命の出会いを果たしました(笑)。大学で興味が変わることは珍しくないと思います。だからいま決めつけるのではなく、やりたいことに出会うまで待ってもいいと思います。ただ、行動を起こさないと出会う機会もないので、僕自身これからもアンテナを広げることを大切にしたいと思います。

細川 新聞やニュースを見ると、僕たちが暮らすこの世の中はたくさんの課題を抱え、悩みを抱えている人も多いように思います。そんな社会を変えようと考えるのはとてもしんどいし、難しいと思います。

でもそんなしんどさや困難の中に、おもしろさや自分が生きていると思える瞬間があるならば、悩んで苦しみながらでも一歩を踏み出したいし、そんな人生を送るのも僕は素敵だと思います。

藤掛 興味が無いと思う授業でも、受けてみたらおもしろいと思うことがあると思います。さまざまな学問が揃う大学で学ぶことで、そこから社会を見る視点が変わった学生が何人もいます。このような経験をたくさんできるのは後にも先にも大学生であるこの瞬間だけでしょう。もちろん、生涯学習という考え方もありますので一概には言えませんが。ただ、自分の専門分野だけではなく、これから出会うたくさんの人から教えを乞い、、知を蓄え、豊かな人間関係を築くなかで自分や社会を分析する力を養ってほしい。複眼的思考で他者や社会を分析できるだけの素材をポケットに入れて卒業・修了してくれたら嬉しいですね。

活躍する学生たち

2013年夏、南米・パラグアイでフィールドワークに参加した学生たち。彼らはその後着実に力をつけ、あらためて海外で活動を行っています。

  • 小林千紘
    女性グループを対象に離乳食教室を開催しました。キリバスでは乳幼児の栄養失調も課題の1つとなっています。地元で入手できる材料を使った料理を紹介し、女性たちと実際に調理しました。
    おいしくて簡単に作れて良いという意見を頂きました。
  • 徳永健人
    ザンビアのシブユンジ郡にて。先輩隊員が活動しているナンプンドゥエ村を訪問させて頂き、小学校にて食材を栄養素毎に分類するワークショップを行いました。普段とは違う授業に生徒たちは興味津々で、積極的に手を挙げ発表してくれました。
  • 細川高頌
    南太平洋州のトンガ王国保健省のhealth promotion unitに配属され、主に生活習慣病の予防を促すアニメーションを制作していく予定です。
    しかし現在は、トンガで流行しているデング熱の対策に関するアニメーションを急ぎ作って欲しいという配属先からの要望があり、その内容について同僚のトンガ人と話し合っているところ。