大澤 澄子(おおさわ すみこ)。

物は消えるが、教育は身について残る

溝口 本日は、本学の卒業生、大澤澄子さんをお迎えし、これからの時代における大学教育のあり方についての意見を交換していきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

平成25年度より、大澤さんのご寄附により「YNU大澤奨学金」が新規に設立されました。この制度は優れた人材育成を目的とした給付型の奨学金で、以後30年間にわたって募集を行っていきます。

最初に、大澤さんが奨学金の寄附を決意された経緯からお話していただけますか。

大澤 私は1998年に退職してから、すべての時間を自分で使い自由に過ごしております。一人暮らしで家族もいないので、財産についてきちんと考えておかなければと思っていたところ、たまたま取引している銀行から遺言書を作ることを提案されました。銀行といろいろとやり取りしているうちに、残った財産は自分の母校である横浜国立大学に奨学金という形で寄附したいと思うようになったんです。様々な方面で卒業生が活躍されていますし、いまだに母校に関心を持ち続けているつもりですので、少しでも貢献できればと考えました。奨学金の贈呈式の際に給付を受けることになった学生さんにもお会いできましたが、良い方々が多くとてもうれしく思いました。

溝口 未来を担う学生への温かいサポートに、改めて感謝申し上げます。ところで、大澤さんが横浜国立大学に入学した当時は、女子学生は珍しかったのではないですか。

大澤 はい。当時の横浜国立大学では確か経済学部や工学部には女子学生は一人もいませんでしたね。私の所属していた学芸学部は6パーセントでしたね。それでも全体から見たら多かったかもしれません。というのも、先日新聞の終戦特集を読んでいたところ、私と同じ77歳の女性の方でお父様を戦死で亡くされ、その遺言に従って教師になられた方についての記事の中に当時の女性で4年制大学へ行ったのは2.4%とありましたから。

私の家族は満州に土地も財産もすべて残して引き揚げてきましたので戦後は無一文からの生活でした。父は向こうで漢方薬の製造をしていましたが、すべてを失い、「物は何も残らない」と痛感したらしいんです。身について残るものは教育だと思い、子どもの私には学校に行かせて学問をさせようと考えたんだと思います。ですから、私は小学校の時から「勉強ができなきゃしょうがないけど、できたら大学まで行かせてあげるから勉強しなさい」と言われて育ちました。なんとなく小中高とがんばってきて、どこの大学を受けようか迷った際、学費の負担が少ない国立大学、そのなかでも学校の先生の助言もあって横浜国立大学を受験することにしたんです。学部はどうしようと考えていたら、母から「同じように仕事をして同じように成果を出しても女だからと認めてもらえないだろう」と言われ、逆に「女性だけのところなら、少しは芽が出て花が咲くかもしれない」と考え、学芸学部の家政科に進むことにしたんです。

教育と研究は車の両輪

溝口 ご両親には時代を読む力がおありになったんですね。

大澤 そうかもしれません。たしかに周りを見ると女性で校長までなった人は家政科の人が多いようです。女の世界だから女の人がリーダーシップをとっていかなくてはいけないから、認めてもらえたのかもしれませんね。私としては管理職になる予定はなかったのですが、小学校の教員から始まり、自分の専門をより生かしたいと考えて中学校、そして高等学校と教えてきて次は大学で教えたいと思っても、その先のステップは難しい。そういったタイミングで管理職の話がきたので、そういう方向も新しい道で良いかと思って受けることにしました。

溝口 横浜国立大学でも、男女共同参画社会を実現するための組織を作って取り組んできていますが、大澤さんの時代には男女共同参画社会という考え方は成熟していなかったのでは? 現在の横浜国立大学では、性別にこだわらずに、業績、人柄および教育方針等で人事を決めています。特に教育人間科学部では女性教員の比率も高いですし、女性の学部長も出ています。

大澤 それは、大変うれしいことですね。

溝口 椛島さんは同じ女性の教員としてどんな風に感じていますか。

椛島 私たちの時代では、基本的に男女の区別があまりなく、学生時代から同じように育てられたという感覚はあります。私は約10年前に横浜国立大学に着任しましたが、女性だからという理由で悪い思いはしたことはありません。大学の中には保育園もあり、本学の教職員も活用しています。特に土日や祝日に学会やシンポジウムが入った時などに利用できるのが好評です。そういった意味でも恵まれた環境と言えますね。

溝口 周二 (みぞぐち しゅうじ )

溝口 大澤さんは、小学校、中学校、高等学校と様々な場で教壇に立たれましたが、それぞれの環境でどのような思いで仕事に取り組んでいらっしゃいましたか。

大澤 慣れた環境に身を置き続けることは簡単ですが、慣れ過ぎると手抜きが始まり、生徒に還元していくものの質が低下します。あえて慣れない環境に行ってでも常に緊張感を持ち続けていこうという思いでやっていました。それと同時に、少しでも自分の専門性を高めて生かしていくことを考えていました。

溝口 まさに、教育と研究をともに実践されてこられたのですね。研究が教育より重視されがちな時代もありましたが、最近では研究の成果を教育の一貫として社会に還元するということが求められています。教育と研究は車の両輪です。特に本学は国立大学なので、研究と教育を通して良い人材を社会に輩出するのが使命と考えます。そのためのやり方はいろいろあると思いますが、個々人の先生の研究および組織的な研究成果がベースとなるわけです。

また、自らの特性を生かし自分で考えて実行できる人材を世の中に出していくための教育には、大人数の授業では限界があります。そうした考えのもと、横浜国立大学は以前から少人数制の教育に先進的に取り組んでまいりました。

大澤 私の時代も、ほとんどの授業が30人から40人の少人数教育でした。

溝口 語学教育にも昔から力を入れていましたので、その実績が現在のグローバル人材を育成する基礎となっています。また、近年では現代的教育ニーズ取組支援プログラムに採択されたビジネスゲームに関する授業やMBAなど、経営学部でも産学連携に積極的に取り組んでいます。

椛島 私は国際政治、なかでもASEANやTPPなど、アジア太平洋地域の国家間の協力の枠組みの中でどのように政治が動いているかを研究していますが、現在の国際協力は国家間だけではなく民間の投資活動やNPO、自治体の連携などが含まれていて、まさに産官学という考え方がグローバルで展開されているのを感じています。

「自分は自分なんだ」と自信を持ってほしい

溝口 これからの学生に対して期待することは何でしょうか?

大澤 自分を見失わないでしっかり歩んでいってほしいと願っています。結構日本人って他の意見に惑わされて流されるところがありますよね。でも、「自分は自分なんだ」と自信を持ってほしいですね。

溝口 自分の軸がしっかりしていないから周りと比べてしまうのかもしれませんね。

大澤 もちろん時には比べることも必要です。でも、周りと比べてそんなに落ち込むこともないですよ、自分は自分って教えてあげなければいけないですよね。

溝口 今の学生は能力はあるのですが、能力をのばしてあげるのに時間と手間がかかるように感じます。昔は英語の本一冊読んでディスカッションができましたが、今は基礎の部分をかみくだいて教えることが多くなっています。しかし、基礎や考え方さえしっかりと教えておけば応用が効きます。ケーススタディは表面的なものですから、土台が理解できていないと面白かったね、だけで終わってしまいます。

大澤 学問は基礎が一番面白いと思います。

溝口 基礎をやった上で社会とのつながりがわかるようになれば学びが面白くなります。卒業後、MBAにもどってくるのはそういう学生が多いようです。

椛島 洋美(かばしま ひろみ)。

大澤 その学びの面白さに学生が早く気づけるかどうかが大事ですよね。今の大学生は人と話をする機会が少なくなっているように感じます。面と向かって話していると表情からもいろいろな情報がくみ取れるじゃないですか。人と面と向かってこういう風に話をすることって私はすごく大事なことだと思います。大学はいろんな人との出会いの場でもありますけれど、楽しいだけで終わってはもったいない。

椛島 昔私たちが学生の頃には先生の背中を見て自分で考えるという感じでしたが、今は多くのことがマニュアル化されているように感じます。マニュアル化してしまうと社会では通用しなくなってしまいます。その一方で、私たちが学生だった時と比べると一年生の時から将来のことをきちんと考えて、留学やインターンシップ、あるいは様々なスキルアップに力を入れている学生も多いです。大学側としては、こうした学生の思いを具体化できるようなきめ細かいサポートを提供してあげたいですね。

溝口 そうですね。本日の大澤さんからのお話も参考にしながら、引き継ぎ自らの力を活かして社会で活躍できる人材を一人でも多く育成していけるよう努力していきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。