総合学習をめぐる高大連携が大きな成果に

下城 現在、小・中・高のカリキュラムには、国語や理科といった教科の枠を越えた自主的な学びを生徒に体験させる「総合的な学習の時間」が設けられていますが、横浜国立大学では5年前から、その内容をより充実させるための取り組みを、神奈川県下の高校と連携して実施しています。毎年開催しているその成果発表会に、昨年度は宮崎さんにもご参加いただいたわけですが、どのようなご感想を持たれましたか。

宮崎 総合的な学習の時間の目標を正しく把握し具現化してくださっていて、たいへん感服しました。例えば、自分の大好きなアイスクリーム・ショップが、どうしたらもっと多くの人に知ってもらえ、食べに来てもらえるか、という研究がありましたね。まさに、自らの興味・関心から問題を設定し、その解決方法を追究する姿が見られました。こうした力は、放っておいて身につくものではないし、かといって通常の授業の中で教え込めるものでもありません。子どもたちに自主的に取り組むチャンスを与え、陸上選手の伴走をするコーチのように、横から必要なアドバイスを送って導いてあげるしかないわけです。ただこの例の場合、マーケティングや経営の分野の話になりますから、高校の先生だけで適切に対応するのはかなり難しいといえます。

下城 そうした専門的な部分で本学がお役に立てればと思って始めたわけです。全体の流れとしては、まず9月ごろに各参加高校から生徒が取り組んでいる研究の内容をいくつか送っていただき、それぞれ専門分野がもっとも近いと思われる本学教員に預けます。研究の方向性や方法はもちろん、レポートのまとめ方、効果的なプレゼンテーションのやり方まで細かくコメントしてもらい、それらを高校にフィードバックします。

12月の成果発表会には、アドバイスを適切に取り入れて、驚くほどレベルアップした研究成果が集まります。そこで同席している担当教員が、誉めるべき点を誉めて力づける一方、さらなる改善のため、また大学での研究につなげるためのコメントを加えます。それを受けて、高校生たちは3月に研究を最終的に完成させるわけです。

宮崎 高校生にぴったり寄り添って丁寧に指導される様子を見て、失礼ながら大学の先生のイメージが変わりました(笑)。

もう一つ印象的だったのは、高校生たちがそれぞれの取り組みの中で、さらに深い学びにつながる「価値ある失敗」をいくつも体験していたこと。そして、一つの解決の先に、未解決の新たな課題が見えていたことです。常に正解が与えられる通常の授業では、こうした経験はまずないでしょう。

下城 現実の人生は失敗の連続、そして未解決の問題を抱え続けることになりますからね。私も学生には、今のうちにたくさん失敗しておけといつもいっています。今ならどんな大きな失敗をしても許されるし、助けてくれる人間も周りにいるからと。しかし、私たちの年齢になると、失敗の程度によっては取り返しがつきませんから(笑)。



高校生版インターンシップで職業を見据えた学びを

下城 本学が高校と協力して生徒の教育にあたる、いわゆる「高大連携」の取り組みとしては、もう一つ、高校生のための「インターンシップ」があります。インターンシップとは本来、大学の学生が企業などに出向き、仕事の現場で職業体験をする制度のことですが、私どもではこれを広く解釈し、高校生に将来の職業を見据えた大学での学びを体験してもらう独自の仕組みを、この名称で呼んでいるのです。受験勉強だけをこなし、偏差値を頼りに大学・学部を選んで、首尾よく合格……ところが入学した途端これまでしてきた勉強が、自分の将来にどうつながるのかがわからず、途方にくれてしまうという学生も少なくありませんからね。

宮崎 中央教育審議会が昨年、キャリア教育を「社会的・職業的自立に向け、必要な知識、技能、態度を育む教育」と定義し、小学校から大学まで一貫したキャリア教育のあり方を本格的に検討し始めています。とりわけ、職業に直結する可能性の高い大学・学部選びの時点で、職業についてどれほどの知識や意識を持っているかは非常に重要。ですから、横浜国立大学の試みは意義が大きいと思います。具体的にはどのような制度なのですか。

下城 夏休みの5日間、県下および近県の高校生を、それぞれの将来の希望に沿った研究室で受け入れます。そして、大学卒業後の進路についての情報を与えると同時に、複数の教員による「講義」や「ゼミ」に参加してもらうのです。高校の「授業」とはまったく違う新鮮な学びの体験に、彼らはだんだん目を輝かせていきます。最終日にはオープンキャンパスに参加してもらい、本学の全体を知ってもらうとともに、職業についてもさまざまな選択肢を示してあげるわけです。

宮崎 そこで学ぶ内容はもちろんですが、大学のキャンパスの空気に触れること、そして先ほどの取り組みもそうですが、大学の先生に直接何かを教えてもらうという体験が、高校生にとっては計り知れないプラスになりますね。

学生選抜方法の多様化で様々な個性を備えた人材を

下城 こうした取り組みの背景には、従来の学生選抜方法に対する反省があります。高校と大学をつなぐ通路は、原則としてペーパーテストによる入学試験に限られています。そこで評価できるのは、知識の量と、パターン化された問題を時間内に処理する技能だけということになります。でも、これからの大学生に求められる能力は、大きく変わりつつあるのではないでしょうか。

宮崎 先ほど述べた中教審のキャリア教育をめぐる議論でも、「人間関係形成能力」といった、基礎的で汎用性の高い能力の必要性が強調されていますね。また、経済産業省が提唱している「社会人基礎力」、またこれも中教審で示された「学士力」も、同様な発想に立っています。もちろんこの両者は大学の出口における話ですが、そのベースが、大学入学時に備えられていることが望ましいのは言うまでもありません。

実は2011年度以降、新しい学習指導要領が小学校から順次全面実施されていきます。そこでは、従来のような知識・技能の「習得」と並び、それらの実践的な「活用」、さらに未知の問題への自主的な「探究」が、教育の大きな目標と掲げられている。先ほどの総合学習の取り組みなどは、これを先取りしたものといえますね。

下城 私どもではさらに、入学試験・学生選抜の方法そのものの改革にも取り組んでいます。多様な資質を持った人材を集めるためには、入り口を多様化しなければならないだけでなく、これまでの反省を踏まえ、今後は、小中高大一貫した教育の連携が必要な時代と考えるからです。

具体的には、横浜という地の利を活かした外国人や帰国者の受け入れ、全国の一般受験生を対象にしたAO入試など、選抜方法の多様化と充実、そして地域での高大連携をベースに、附属小・中学校との連携も組み込んだ新しい選抜方法の開発などが柱となっています。

宮崎 全人的な資質や能力はペーパーテストでは量りきれない。文部科学省としても、大学の入学試験全体のあり方について改善を図らなければなりませんが、横浜国立大学がそうした先進的な取り組みをしてくださっていることは、たいへん心強いです。

下城 私はこんなふうに考えています。大学での学びの土台となる知識と能力は、高校を卒業した時点で保障されていれば、入学試験は面接だけでもいい。面接で、学生の目標と人となりを見極めて、受け入れると決めた学生に対しては、何かを教えて前から引っ張るというより、彼の夢を後ろから支えてやる。そんな大学が理想だなと。

宮崎 そうですね。ただそれは、学生にとって楽なことばかりではありません。確かに受験地獄からは解放されるかもしれないけれど、その代わり、自ら考え探究していく学びには、大きな覚悟が必要です。そんな、「自己責任に基づく学び」ができる人材に育ってほしいですね。

下城 本日は貴重なお話を、ありがとうございました。