横浜に新学部―理工学部

石原 久村さんは、日産自動車で「テクノロジー・インテリジェンス」をご担当ということですが、これは具体的にはどのような業務になるのでしょうか。

久村 適切な訳語がないので英語をそのまま使っているのですが、簡単にいえば、社内の「知」と外部の「知」のコラボレーションを仲介する仕事です。つまり、国内外の企業、大学、研究機関などと、お互いの「知」を統合して新しい「知」を創りだす、そのためのさまざまな連携を実現していくわけです。

石原 それは、学部長としての私の役割と共通する部分がありますね。学部全体を見渡し、250名あまりの教員たちの仕事をすべて把握する立場になって初めて、自分たちの強みとともに、足りない部分も見えてくる。そしてその部分に外部の「知」を取り込むことで補完するという作業が私たちにも必要なのです。

久村 私も研究所にいたころは、自分のタスクに追われて、ほかのことにはあえて目をつぶらざるをえないようなこともありました。少し離れた立場で、外に自由に目を向けられるようになると、あらためて中も見えてくる。そして、可能性が大きく広がるんですよね。

ところで、横浜国立大学では来年度、新たに理工学部を立ち上げられる予定と伺っていますが。

石原 モノづくり―といっても、形あるモノには限りませんが―を研究する工学の基盤として、物質や事象の本性を探求する理学が不可欠であることはいうまでもありません。本学工学部がこれまで、理学にきわめて近い基礎工学分野の研究・教育にとくに力を注いできたのは、そのためです。そして、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、情報工学といった新たな分野が重要度を増すにつれ、理学教育のさらなる強化が必要となってきたのです。

そこで、教育人間科学部で数学・情報学・化学・生態学などを担当してきた理学系の教員を移籍し、同学部を大幅にリニューアルするとともに、工学部は理工学部として新たなスタートを切るべく、準備を進めております。

新学部では、学びの総合性を重視して、機械工学・材料系、化学・生命系、建築都市・環境系、数物・電子情報系の4学科のみを設置。学生が理工双方の素養を身につけた上で専門教育を受けられるカリキュラムにより、工学的センスを持った理学系科学者、理学的センスをもった工学技術者の育成を目指します。

久村 クルマに限っても、電池や燃料電池をはじめとする代替エネルギーの開発についてはもちろんのこと、たとえば省エネにつながる潤滑はナノテクですし、細かく見ていけば、理学的研究の重要性は増す一方なのです。今おっしゃったような研究者、エンジニアは、まさに私たちが求める人材といえますね。新学部には大いに期待します。



企業と大学のコラボレーションが人材を育てる

石原 御社と本学は、技術開発の共同研究についてはかなり以前から続けていますが、2006年に協力関係の範囲を、人材交流や地域貢献にまで広げさせていただきました。

久村 ちょうど、私がかかわる分野ですね。

石原 具体的な取り組みのひとつとして、2006年にスタートさせたのが、若手エンジニアを育てるためのユニークなプログラムで、経済産業省の平成20年度産学連携人材育成事業にもなりました。本学大学院生と御社の若手エンジニア、つまり年齢の近いメンバーでいくつかのチームをつくり、それぞれモデルカーの設計から製造までをすべて自分たちの手で行なって、最後にその性能をコンペ形式で競うというものですよね。

久村 非常に出来のよいものもあれば、結局動かないものもあって……(笑)。

石原 結果はともかく、参加者たちは、クルマを作る全プロセスに携わるという貴重な体験ができたわけで、机上の理論と実際との違いを認識するなど、得るものは大きかったようです。

とくに学生たちにとっては、工学の授業ではなかなか触れられることのない「マネジメント」について、実践を通して学ぶことができるという点は重要です。

また彼らが異口同音に、プロと組んでの作業は、緊張感もあったけれど楽しかったと感想を述べていることもポイント。楽しさは関心の深まり、学びへの積極性につながりますからね。


久村 弊社から参加しているのは入社1、2年目の社員たち。つまり、社内の本物のチームでは一番後輩という彼らが、必然的にリーダー的役割を果たさざるをえないわけで、いわば数年後の自分を先取りする体験でもある。一方で、少し前の自分である学生の目でも自分を見直すことができ、将来に役立つよい勉強をさせていただいていると思いますよ。

人材育成に関しては、日本の教育は、リーダーを育てるという点でどうしても弱い部分があると思うんです。システムの全体を把握し、分析し、シミュレートする「システムダイナミクス」や「システムズシンキング」といった手法―欧米では常識となっていますが―を、日本流にうまく焼きなおして、教育プログラムに取り込めないか。そのあたりも、貴学に研究していただけないかと考えているのです。

石原 英語の「education」の語源が、天賦の才を外に引き出すことであるのに対し、「教育」は外のものを教え込むことによって育てるという発想。そのあたりにも原因があるのかもしれませんね。

全体を見られる人材の育成は本学の目指すところでもありますから、是非取り組んでみたいと思います。

横浜発、地域連携をとおして世界を見る

石原 御社には、講師を派遣していただいて、大学院での講義もお願いしていますよね。そして近々、カルロス・ゴーン社長にもご講演いただけることになっており、一同楽しみにしています。

久村 工学部だけではなく経営学部、経済学部での講義も一部お受けしています。またカルロス・ゴーン社長の講演は、横浜国立大学の学生だけでなく、県内の他大学の学生にも聞いていただける環境を整えて、地域への貢献にもなれば良いと思っています。

石原 折りしも御社は昨年、横浜にグローバル本社を開設されて、私どもと同じくこの地に大きな拠点を持つこととなりました。地域貢献の面での連携も、より充実しますね。

久村 弊社の市場は、すでに国内より海外がメインとなっていますが、研究・開発はあくまで国内が中心。ですから、世界各地に点在する拠点をたばねる機能を持つグローバル本社は、やはり日本に置くべきだと。ただ、日本の中心・東京にこだわる理由はまったくありません。

ここ横浜は弊社発祥の地ですし、開国以来の日本の玄関ですから、世界を見据えるための足場にふさわしい。横浜市の企業誘致政策もチャンスと考えて、ここを立地に選んだわけです。

石原 私どもも、留学生の積極的な受け入れなど世界に目を向けた展開に力を入れていますが、横浜という立地はその大きな要因になっていますね。

ただ、「国際性」というと、イコール英語力という先入観が強いせいでしょうか、どうも文系というイメージがつきまとう……これが困ります。

久村 新興国も加わって技術競争が激化している今、国際性を備えた理系の人材こそ求められているんですけどね。

その意味でも、貴学の理工学部で学んで、横浜から世界に目を向けて、学生の間に視野を広げた上で、弊社のようなグローバルなモノづくりビジネスに飛び込んできてくれたらいいなと思います。

実は、日本の学生は覇気がないと感じていたのですが、最近はかなり積極性が見られるようになってきました。就職難の危機感からだともいえるのですが、決して悪いことではない。

石原 日産自動車にも本学にも、そして横浜という地にも、世界に通じる扉はたくさん用意されている。でも、それを開くことができるのは、積極性を持った人間だけですからね。

本日はありがとうございました。

久村春芳 石原修