産学連携が画期的商品の発売に結実

白石 この6月、本日お集まり頂いた(株)日立製作所、竹井機器工業(株)、そして私ども横浜国立大学・大学院環境情報研究院が共同開発したマルチフィットネスマシン『スマートトレーナー』が発売の運びとなりました。産学連携の成果、それも最新の技術が、こうした商品化にいたること自体、特筆すべきことですよね。

石井 今回のプロジェクトは、NEDO((独)新エネルギー・産業技術開発機構)の「人間支援型ロボット実用化基盤技術開発」の委託事業としてスタートしました。高齢化社会に向けて、介護予防や生活習慣病予防に活用できるフィットネスマシンが当初のコンセプトでしたが、商品化を考えると、幅広い世代の健康増進、そしてアスリートのニーズにも応えられる本格的なものにしたいという思いが強くなりました。そのためのポイントは、筋肉に与える「負荷」をどうやってつくり出し、それをどう制御するかという点。そこでコストやサイズを考慮しながらモーターに代る新たな負荷源として浮かんだのが、横浜国立大学で研究されていた「磁気粘性流体」だったわけです。

白石 「磁気粘性流体」とは、磁場を変えると見かけの粘り気が変わる液体状の素材です。その粘度を負荷として使ったブレーキを、今回我が国で初めて開発し、フィットネスマシンに応用したわけです。

負荷の制御を磁場の調整だけで行えるため、負荷の大きさや方向をきめ細かくコントロールできるだけではなく、必要な電力も少なくてすみます。負荷源にモーターを使った場合は数キロワットになるところを、50ワット程度、約100分の1に抑えられました。

石井 博(いしい・ひろし)株式会社日立製作所 トータルソリューション事業部 新事業開発本部 主管技師、工学博士。

高頭 弊社はトレーニングマシンや身体能力測定機器を数多く手がけており、これまで負荷源として油圧、空圧、電磁ブレーキなどさまざまなものを使った経験がありますが、それらと比べてもメリットは大きいと感じました。

未知の分野でしたから、もちろん実用化までには、試行錯誤で苦心した部分も多かったですけどね。

白石 その点では、お二人には何度も研究室まで足をお運びいただき、まさに膝を突き合わせての検討を繰り返しましたね。

石井 しかしその過程でノウハウが積み重ねられ、結果的に他社にはマネのできない製品ができあがったのではないでしょうか。省電力化・コンパクト化はもちろん、5キロ~200キロという広範囲の負荷を出すことができ、当初の目標だった筋力の弱い高齢者からアスリートのニーズにも充分応えられるものに仕上がりました。

高頭 スマートトレーナーの大きな特徴は「フルコンセントリック運動」が行えること。運動の「往き」と「帰り」でスムーズに負荷の方向を変えられるので、つねに収縮する側の筋肉が負荷を受ける形になっています。そのため、筋肉痛が起こりにくいのです。これを脚の筋肉で実現したマシンは、世界で初めてです。

筋力を測定する機能が組み込まれているので、個々の利用者に最適な負荷を計算し、自動設定してくれます。データをUSBメモリに入れておけば、いつでもどこでも、自分に合ったトレーニングができるわけです。

運動と連動したゲーム機能によって、運動へのモチベーションが高められる点も注目され、ニュースや雑誌などでも取り上げられました。

白石 一連の運動の中で、負荷のかかり方にまったく無理が感じられないのも、磁気粘性流体という負荷源の手柄でしょうか。

この素材は、すでに一部実用化されている自動車などのサスペンションダンパーだけでなく、建造物の免震・制震構造など、幅広い応用の可能性が考えられます。本件で新たな一歩が踏み出されたわけですが、まだまだこれからが楽しみな素材といえますね。

産学連携により開発・発売された
マルチフィットネスマシン『スマートトレーナー』
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産学連携を人材育成にも活かす

白石 今回の共同研究には、学生も参加させていただきました。学生にとっては、インターンシップに似た実践的学習の場でもあったわけですが、研究が商品化されるまでの現実のプロセスにかかわるという、非常に貴重な体験をすることになりました。

石井 今回は、設計段階で、性能、信頼性、安全性などをつぶさに検討するデザインレビューを、徹底して行いました。参加した学生さんは大変だったと思いますが、モノづくりの厳しさは学べたのではないでしょうか。

試作品の性能や安全性の試験を自分の手で行なったというのも大きい。私たちが周りにいてプレッシャーを感じたでしょうけど(笑)。

高頭 加工の現場に立ち会って、自分の目で経験したという点も重要です。図面には書けても、機械の制約などで実際には不可能な作業があるわけですが、これは机上の勉強だけではわかりにくいですからね。

弊社の新入社員の研修で、まずひと通りの加工機械を自ら使わせてみるのもそのためです。

白石 ただ一方で、社会経験のない学生の参加は、とくに企業の皆さんの負担を増やすことになるのではという懸念もあるのですが、このあたりはどう感じられましたか。

高頭 静夫(たかとう・しずお)竹井機器工業株式会社 取締役、製造部・総務部 部長。

石井 実は、試作品の組み立てのとき、実際の作業方法だけではなく、段取りの組み方まで先生が手取り足取り教えられているのを見て、ちょっとびっくりしました。経験の場が少ないため無理もないのですが、正直なところ、期限内に商品化するという制約を負った企業と、教育が主眼の大学とで、ギャップがあることは多少なりとも感じました。

高頭 やはり、社会人と比べて学生の期限に対する意識の甘さなどは、今回に限らずこれまでの産学連携の経験の中で、私も感じています。

ただ、そうした部分は、実際に自分が直面して初めて自覚できることなのかもしれない。だとすれば、産学連携全体のギブアンドテイクの中で、私たちが担うべきところもあるのかなと改めて感じました。将来彼らがわが社に来てくれるかもしれませんし(笑)。

白石 そう言っていただけると幸いです。

たしかに、私たち教員が言うより、社会の現場にいらっしゃる皆さんに言われることによって腑に落ちる、身にしみるということは多いようです。そして、そんな彼らの変化に、周りの学生も興味津々で、その体験がシェアされ広がっていっているのです。

これは、短期間のインターンシップでは期待しづらい貴重な成果と言 えるでしょうか。その意味で、私ども大学側もさらに工夫するとともに、企業の皆さんにもご協力いただいて、産学連携を人材育成の面でも、今後さらに充実させていきたいですね。

白石 俊彦 (しらいし・としひこ)横浜国立大学 大学院環境情報研究院 准教授、博士(工学)。専門は機械力学、バイオメカニクス。

産学連携のあるべき姿とは

白石 このスマートトレーナーの商品化のような産学連携の成功例を、今後もっと増やしていくためには、どんなことが必要だとお考えですか。

石井 商品化をゴールに置くならば、やはりニーズから出発することになります。最初に技術ありきの商品開発はきわめて難しい。ですから、大学も、ある程度世の中のトレンドやニーズを見越した研究開発を進めることが必要になると思います。

高頭 今はどの大学も、研究内容を詳細にウェブサイト上で公表していますから、企業としては、自分たちのニーズに合った技術を探しやすくなりました。つまり、連携しやすい環境にはなっていますよね。

白石 ただ、企業からアプローチされた場合、連携の名のもとに、ぶつかっている問題をとりあえず解決するため、大学の資源をいわば「安い労働力」として利用されてしまうケースも少なくありません。

石井 共同研究というより委託研究に近い主従関係ができては、うまくいきませんね。ゴールを共有し、そこまでのプロセスを共有し、一緒にゴールする中で互いに成長しあう、そんな関係が大切です。

その際ポイントになるのは、大学が提供する技術の価値をどう正当に評価し、その点でどのように共通認識を持つかだと思うんです。通常は慣例にしたがってロイヤリティが何%と決めてしまうんですが、その数字は根拠が曖昧でした。今回は、最終的な製品を各機能に分解し、それぞれの技術がどれだけの付加価値をもたらしているかを計算して、パーセンテージをはじき出しました。こうした、両者が納得できる仕組みを作ることが、真の産学連携を実現する上で重要でしょう。

白石 大学側としても、特許料をはじめとする目先の利益にこだわってはいけません。企業との情報交換を通してニーズを探り将来の研究に活かす。プロジェクトの中で得られたノウハウを知的財産としてプールする。そうしたことの全体を、産学連携のメリットとしてとらえないとよい結果にはつながりません。

高頭 大学の先生の場合、利益というより理想にこだわって、商品化がうまくいかないことも多いですね。ご自分の研究には当然思い入れが強いので、どうしてもオーバースペックになりがちで、そこから譲歩できないんです。

その点では、TLO(技術移転機構)のような第三者を入れるのも一つの手ですが、たとえば今回の例なら、健康産業に詳しい経済分野の先生にも加わっていただくといった方法が考えられます。産学連携は何も理工系分野だけに限ったことではないのですから。

石井 「何」をつくるかはもちろん大切ですが、それだけでは十分ではありません。まず提供すべきサービスやコンテンツを考え、そのためのシステムを考え、そこからモノに落とし込んでいくという発想も必要ですからね。プロジェクト自体、広い視野で組み立てる必要があります。

高頭 「官」をどう巻き込むかも重要ですね。今回はまず初期段階でNEDOから資金協力があり、その後も新潟県のバックアップをいただいていますから、その点でも恵まれています。

白石 スマートトレーナーは、産学連携のみならず、産・官・学連携の良き前例となるかもしれませんね。本日はありがとうございました。