陳 剛(チン・ゴウ)1993年横浜国立大学にて博士学位取得。洋山深海港建設株式会社取締役等を歴任したのち、2004年から上海交通大学副学長。専門は船舶海洋工学。

上海と横浜、交流が育む友好

松岡 陳先生は、横浜国立大学で船舶海洋工学の修士・博士号を取得されたのですよね。

 はい、上海交通大学を卒業した後、1987年から国費留学生として工学研究科(現在の大学院工学府の前身)船舶海洋工学専攻で学びました。横浜国立大学の船舶海洋工学は非常にレベルが高く、今でも国際的な学術会議で当時の先生方のお名前を出すと、多くの方が敬意を表(ひょう)されます。

松岡 上海交通大学と横浜国立大学とは、長く深い関係があります。現在中国の協定校は7校ですが、その中でも上海交通大学は最も歴史が古く、1982年から教員や学生・学術の交流が始まっています。非公式には、さらに前から交流があったようです。

荒木 現在も上海交通大学とは、JASSO(日本学生支援機構)の支援を受けたショートステイ・ショートビジットでの交流として、それぞれ3カ月3名・1カ月10名の交換留学を行っています。

 中国には、旧友との関係を互いに世話をし合う関係として非常に大切にする文化があります。私も、二大学の友好関係から多くの恩恵を受けたひとりとして、交流に大いに貢献したいと考えています。

松岡 横浜というオープンな土地柄もあり、本学は国立大学の中では留学生の比率が約9%と非常に高いほうです。中でも、中国からの留学生は480名。これは全留学生の53%ほどに上ります。

 中国は改革開放政策の一環として、海外との教育交流を盛んに進めてきました。留学生の派遣はその中でも非常に重要です。80年代から大規模な派遣がスタートし、その後国費による学位取得目的の留学は減少したものの90年代からは私費留学が大きく増え、トータルでは現在も増え続けているようです。制度もフレキシブルに進化し、私費留学の成績優秀者が途中から国費留学に切り替えられたり、私費留学でも奨学金を受けられたりするようになりました。

荒木 政府も強力にサポートを続けているのですね。

 そうですね。さらに4年前から「国家建設高水平大学公派留学生項目」を施行し、世界有数の大学・著名教授のもとに毎年5千人規模の国費留学生を10年間派遣する計画が始まりました。半数以上が米国への留学ですが、日本にも7%ほどが来ています。上海交通大学からもこのプロジェクトの一環で毎年120名、大学独自の留学プロジェクトとしても過去5年間で約500名の学生を海外へ派遣しています。

また、ショートステイやサマースクールも積極的に進め、学部生の約3割以上が海外経験をするようになりました。今後も学部生の半数に海外経験させるという目標を掲げ、取組みを進めます。

松岡 中国は留学生の受け入れも、より大規模に進めていくそうですね。

 政府が奨学金の支給拡大などを強化しています。また、孔子学院(※)を世界に展開し、中国語はもちろん中国の文化の理解を深める教育活動を行っています。

※孔子学院・・・中国政府が、中国語・中国文化の世界的な普及を目的に、中国の大学と外国の教育機関との連携によって海外に設置する中国語教育機関。

人と学術が行き交う国際拠点へ

松岡 日本も2020年を目処に、留学生30万人受け入れを目標に掲げています。本学も国立大学としてこの目標の実現を目指し、2009年には独自の国際戦略のもと国際戦略推進室を稼働させました。

荒木 最初のアクションとして「国際教育シャトルベース事業」がスタートしています。世界レベルの学術交流と発信、国際的リーダーとなる人材の育成を通じて、地球規模の重要課題解決に貢献することが目的です。シャトルというとスペースシャトルを連想されると思いますが、本来の意味は織り機の杼(ひ)です。杼を左右に受け渡し続けることで布が織り上がっていくように、横浜国立大学がグローバルな教育拠点となって人や学術が行き交うことにより、大きな成果が生まれる。そんなイメージで名付けました。

松岡 先ほどお話したように、本学はもともと「開国の地」という歴史的背景や国際港湾都市という地理的特性も手伝って、自然に国際交流が促されてきました。しかし、これからはより明確なビジョンを持って国際化に取り組んでいく必要があります。

 具体的には、どのようなプロジェクトが行われるのですか。

荒木 まず、英語による授業だけを履修して卒業できる、教育人間科学部のプログラムがあります。現在、都市をキーワードに分野横断的かつ専門的なプログラムを作成中です。もちろん、卒業までに日本語でのコミュニケーション力が身につくように日本語の教育も行います。

松岡 和久(まつおか・かずひさ)1970年に海外技術協力事業団(現国際協力機構)入構、2008年日本国際
協力センター理事長就任。2010年から横浜国立大学理事(国際担当)を兼任。

 世界中で活躍できるだけでなく日本についても深く理解している、真にグローバルな人材が育ちますね。

荒木 この英語授業プログラムに付随して設置されるのが、英語副専攻プログラムです。日本人学生にも英語授業プログラムをクラス開放し、英語圏の協定校への短期留学を義務づけます。卒業時には、履修したことが各種証明書にも記載されます。

また、インターネットを利用した双方向教育システムを活用し、海外拠点との単位互換を伴う授業を始めます。このシステムは本学環境情報研究院の有澤 博教授が開発されたもので、高画質な上に複数の遠隔地とのやり取りが可能です。教材や研究用素材を全学的にデータベース化して将来的に活用できるように、循環型プラットフォームを開発する取組みも始まります。

港町の大学が持つグローバルな使命

 我が上海交通大学も参加しているコンソーシアム「国際みなとまち大学リーグ」の発展も楽しみです。このリーグは、横浜国立大学の呼びかけでスタートしたのですよね。

松岡 はい、本学とイギリスのサザンプトン大学が話し合う中で「文化や人の交流の場、世界への起点としての役割を果たしてきた港町の大学には、多くの共通項があるのではないか」と発想したのがきっかけでした。それが上海交通大学、ブラジルのサンパウロ大学などへ広がり、さらにそれぞれの交流大学で気運が高まってリーグ結成に至ったのです。以来、船舶工学や海洋法の研究を中心に毎年セミナーを開催してきました。

 昨年11月に上海で開かれた第5回セミナーでは、リーグがさらに実質的に発展していくための重要な決定が下されました。

荒木 学生交流や共同研究のスタートに向け、いよいよこの3月にサザンプトン大学でコンソーシアムとしての憲章を制定することになりました。

松岡 本学ではショートステイ・ショートビジットによって、リーグを形成する14大学すべてから学生を受け入れたいと考えています。

 多様な文化に触れることは、人生の充実にとって非常に大切ですね。また、グローバルなスキルを身につけた学生は、企業や組織に貢献できる人材として期待されます。

荒木 一郎(あらき・いちろう)2001年から2年間の独立行政法人経済産業研究所上席研究員を経たのち、
2005年から横浜国立大学国際社会科学研究科教授・学長特任補佐(国際戦略)。

荒木 留学の意義は、自分の世界観を相対化して見ることができるようになることですね。私は2度の留学を経験しましたが、自分がそれまで抱いていた日本や世界に対する思い込みがまったく通用しないことに驚きました。これほどのカルチャーショックは、海外で生活しなければ経験できません。

松岡 私もJICA(国際協力機構)にいた頃、中東やアフリカなどへの出張を繰り返す中で、日本の価値に目覚めました。

 この時代、グローバルな人材を育てることは大学の最も重要な使命のひとつです。横浜国立大学の拠点が上海交通大学にも設置されることになりましたし、同窓生ネットワークも構築され、互いの留学生サポートもいっそう充実することでしょう。共同研究もスタートさせて、交流を深めていきたいですね。

松岡 すばらしいご提案ありがとうございます。本日はありがとうございました。