大学の教育・研究における実証の場として期待される学内の認可保育所

山田 2012年4月、横浜国立大学のキャンパス内に、認可保育所として「森のルーナ保育園」が開設されました。本日はここにお集まりの皆さんと、大学に保育所を設置する意義、そして今後の大学と保育園との連携などについて意見を交換させていただきたいと思います。

山田均(やまだ ひとし)横浜国立大学 副学長(評価担当)。2010年より男女共同参画推進室長を兼務。博士(工学)。専門は風工学、構造動力学、長大橋。

 この保育所は、学内関係者へのアンケート結果や、横浜市、保土ヶ谷区からの要請を受けて、女性研究者や大学院などの教育・研究環境の改善を図るとともに、近隣の待機児童解消の一助となることを目的に開設されたものです。大学としては今後、教育人間科学部の保育実習や教職課程の学生が児童と接することを経験する場としての活用など、教育・研究活動との連携も進めていく予定です。

園田 現在、家庭科の教員免許を取得する際、保育分野では保育実習が必修とされています。少子化や社会構造の変化などで、小さな子どもたちとふれあう機会が希薄となっている今、中学・高校の頃から乳幼児とふれあう体験の場を創出できる教員を育てることが義務付けられています。これまでは近隣の保育所にお願いしていましたが、学生によって履修スケジュールが異なるため、次の授業に間に合わないなど時間を工面するのに苦労していました。今回、キャンパス内に保育所ができたので、今後は効率的に保育学実習を行うことができ、実習内容の充実も期待できます。

伊藤 保育所としても、大学には園田先生のように保育の専門家の方がいらっしゃいますから、いろいろとアドバイスをいただきながら、保育所としての機能を高めていければと思っています。

園田 研究者として協力できることはもちろん、行っていきたいと思います。一方で、研究の対象としてもこの保育所を活用させていただき、互いに補完しあうことで、保育の質を向上できるとも考えられます。

専門が保育以外の研究者にとっても、社会の立派な一構成員である乳幼児や生活の場としての保育所を対象としたテーマは多くありますので、研究実証の場としても多くの可能性を秘めていると考えられます。

教職員自らが、学生が自分の将来を重ね合わせられるロールモデルに

山田 男女共同参画がさけばれる今、横浜国立大学では、比較的女性の教職員が多いこともあり、かねてから、女性が活躍できるキャンパス作りをテーマとしたシンポジウムの開催や、各界からゲストをお迎えして講演会を開催するなどしてきました。

また、2010年度には「男女共同参画推進室」を設置し、さまざまな取り組みを行っています。今回の保育所設置はその一環でもあります。

西尾 私は今まさに、子育てと研究を両立しています。昨年の9月に出産し、毎朝自宅近くの保育所に子どもを預けて大学で研究を続けています。子どもにとっては保育所が自宅に近い方が負担は少ないので、今後、大学の近くに引越しするなどの準備を整えてこの保育所を活用する人が、学内の教職員や大学院生などにも広がることが期待されますね。

園田 実際に、私の周りでも男性教員がこの保育所を活用しています。奥様がフルタイムで勤務されており、時間に融通のききやすかった男性側が送り迎えを担当しているようです。男性も子育てに積極的に参加できる環境が整うのは好ましいですね。

西尾 一般の学生にとっても良い影響があると思っています。というのは、普段からスーツを着たお父さんや仕事を抱えるお母さんが子どもの送迎をする姿を見ることで、そうした姿がロールモデルになり、仕事をしながら働くという選択肢がいっそう身近になると考えられるからです。それがもっと身近に、自分たちの先生が実践しているとなれば、なおさらではないでしょうか。また、私自身、学生がいろいろ心配してくれたり配慮してくれたりします。写真を見せてもにこにこして付き合ってくれますし(笑)。

山田 学生とのコミュニケーションも深まりますね。西尾先生とうまく付き合うコツは、子どもの話に上手に付き合うことですね(笑)。

伊藤弓子(いとう ゆみこ)森のルーナ保育園を運営する社団福祉法人明真会理事。また、森のルーナの姉妹園である星川ルーナ保育園の園長を務める。

園田 以前、小学校の教員をされているお母さんが自分の赤ちゃんを連れて保育の授業に遊びに来てくれるという機会があったのですが、学生たちからは、仕事に復帰したあとの不安など、仕事と子育ての両立についての質問が多く寄せられました。やはり自分の将来と重ねることのできる、ロールモデルの姿を学内で見られることは安心感につながりますよね。

保育所にも学生にも共にメリットのある交流活動の充実を

山田 大学としてのメリットばかりをお話ししてしまいましたが、保育所が大学のキャンパスにあるという意義やメリットについて、伊藤先生はどのように考えていらっしゃいますか?

伊藤 まず、キャンパスに保育所があるということで、お子さんを預ける保護者の方にも安心していただけます。学生とふれあう機会もあり、そうした体験は子どもたちにとっても貴重な経験となるでしょう。子どもの安全を確保し、健康的で情緒の安定を整える機能を提供するという保育所本来の役割を果たすには、とても恵まれた場所にあると言えると思います。

園田 子どもとふれあう機会は、家庭科の教員免許を取得する学生以外に、小学校の教員免許を取得する学生にとっても重要です。幼児から児童への移行期にあたる小学校1年生の担任は難しいと言われています。学校のルールを覚えさせたり、自ら学ぶという姿勢を身につけさせたりすることは、簡単ではありませんから。そのため、小学校の教員を目指す学生は、幼児の発達過程や保育者の言動を垣間見ることで多くを学ぶことができます。子どもたちの発達の連続性を踏まえた教員を養成することは、教員全体の資質向上にもつながると考えられます。

山田 今、社会問題となっている育児放棄や虐待の防止につながることも期待されますね。

園田 虐待の原因はいろいろありますが、「子どもがどういうものかわからない」というのもその一因です。泣き止まないから、イライラして叩いてしまう、思わず口をふさいでしまう。

園田菜摘(そのだ なつみ)横浜国立大学 教育人間科学部 准教授。博士(人文科学)。専門は乳幼児心理学。

「子どもは泣くものだ」と知っていれば、そのことに対して過度にイライラしなくなるものですが、そうした事実について、子どもを産む前から知っていれば、子どもを異質の存在と感じないで済みますし、子育てに対していたらない自分を責めることも少なくなるでしょう。

伊藤 今、地域社会が崩壊していると言われていますよね。地域の中で泣いている子どもたちを見る機会も減っています。だから、キャンパス内で子どもが泣いている姿を繰り返し目にすることで、学生の皆さんも「子どもは泣いて当然」ということが自ずと分かってくるのではないでしょうか。

山田 そのほか、実際に大学内で過ごされてみて、今後大学に期待することはありますか?

伊藤 まず、横浜国立大学には多くの留学生が通っていますので、そうした学生さんに民族衣装を着て見せていただいたり、国のことをお話しいただいたりという交流が増えれば、物怖じしない子どもに育つのではないかと期待しています。また、簡単な理科の実験なども見せていただきたいですね。今の子どもたちは、物事に対して、「不思議だな」と感じることが少なくなってしまっているようです。理科離れという言葉をよく耳にしますが、身近な生活や遊びの中で、「どうして水の勢いが強いと速く流れるの?」といった疑問を持ってほしいのです。

園田 例えば、小学校の教員免許取得を目指す学生たちが、理科を教えるというのはいいかもしれませんね。お互いに良い経験になるでしょう。

西尾真由子(にしお まゆこ)横浜国立大学 大学院都市イノベーション研究院 准教授。博士(工学)。専門は構造工学・地震工学・維持管理工学。

「休まずに研究を続けられる環境」を実現する「一時保育」への期待

山田 通常保育については、順調にスタートできましたが、今後の課題としては、「一時保育」をいかに広げていけるかということです。大学には、通常の授業のほか、学会や入試などで多くの人が集まります。そのような機会において一時保育が機能してくれば、より多くの方にとって便利になります。

伊藤 私どもがこちらに保育所を開設するにあたっては、一時保育が求められていることが大きなきっかけになりました。今後需要の増えてくる、週のうち何時間か預けることのできる環境を、費用の安い認可のもとで実現することは私の希望でもありました。しかし、現在、ほかの認可保育所に入所しているお子さんは、こちらの認可保育所で預かることができないという規制があります。

西尾 私の場合、9月に出産しました。認可保育所は基本的に年度初めからの受入れとなるため、最初の半年は認可外の保育所の一時保育を利用しました。正直費用が高くて大きな負担となりました。男女共同参画やダイバーシティという考えが徐々に浸透した今、企業でも大学でも、「育休」という制度を活用する方も増えてきましたが、私たち研究者は、研究を続けて成果を出す必要があり、休まずに子育てと研究を両立できる環境が不可欠なのです。今は認可の壁がありそれが難しいのですが、今後ぜひ改善されれば、より優秀な女性研究者がここ横浜国立大学に集まってきてくれるのではないでしょうか。同時に理系に進み、研究者の道を選択する女性のロールモデルが増えるといいですね。

伊藤 これまでも保育園の入所児童の「直接契約」という制度について検討されています。この制度については賛否両論あるのですが、直接契約になれば、大学の研究者にかなり協力できるようになり、休まず研究を続けてもらえる環境が整うのですが。

山田 今はまだスタートしたばかりで、今後について議論が重ねられている段階にあります。大学と保育所の連携という意味でも、その成果が実際に出てくるのは恐らく数年先になるでしょう。そのためにも声を上げ続けることが大切ですね。本日はありがとうございました。