留学生がそれぞれの国、地域を繋ぐ架け橋となり産学連携による「リージョナルイノベーション」を実現する

「留学生を成長させたい」という
教員の「マインド」を感じられるキャンパス

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タノン 私は1968年から2年間、横浜国立大学の経済学部に在籍し学位を修めました。経済学を学んで将来は教授になりたいという夢があったため、卓越した経済学の研究者がいらっしゃった横浜国立大学を選びました。卒業後は大学院進学のため日本を離れましたが、2007年にはこちらに戻り、IMF(国際通貨基金)との連携によるIMP(インフラストラクチュア管理学修士プログラム)で、一学期間教鞭をとる機会にも恵まれました。本日改めてキャンパスを訪れましたが、大きな図書館や洗練されたキャンパスのデザインなど施設が充実したほか、大学院も増え、留学生も多く先進的で国際的なキャンパスになったと感じました。横浜国立大学は常に前進しているイメージです。

長谷部 当時、宮崎義一先生をはじめ、著名な経済学者のもと、たくさんのことを横浜国立大学で学ばれたと思います。そうした学びは、その後の人生にどのような影響を与えましたか。

タノン 宮崎義一先生は素晴らしい知識を蓄えた方でした。一般的なテキストを利用せず、講義中はさまざまな統計データのスライドを見せていただいたのが印象的でした。日本経済や経済発展に関する内容だったと記憶していますが、英語で書かれた文献なども紹介いただき、まさにここでしか学べない経済学の深い基本的知識を与えていただいたと感謝しています。

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長谷部 卒業後はアメリカの大学院に進学されましたが、それはなぜですか。

タノン 将来母国であるタイで経済学を教えたいと考えていたため、博士課程を修了することを目指していたのですが、当時は日本でそれが叶わなかったため、アメリカのノースウエスタン大学に入学し、博士課程を修了したのです。
 教授を目指していた私にとって、戦後アジアの中でも成長が目覚ましかった日本で学べたことは、その後、タイが経済成長していくための、良きサンプルを得る経験となりました。そして、当時日本で学んだ10人の学友はすべて医療系や工学系の教授になりました。

長谷部 横浜国立大学は経済学部だけではなく、教育人間科学部、経営学部や理工学部も同様に国費留学生を積極的に受け入れる伝統があり、修了生が、帰国後、社会の様々な分野で活躍し、さらに次の世代の若い人たちをここ横浜に呼んでくる。こうした良い循環ができていると思います。
 また、先生方の留学生に対する熱心な指導のおかげで、今では毎年1000人近い留学生がこのキャンパスで学んでいます。タノン先生にもそうしたマインドを感じていただけたようでうれしく思います。

タノン アメリカでは四半期ごとに試験があり、その都度教授も変わるため速いペースで学習が進みます。一方、日本は自分で学習していくスタイルで、教授と交流して学んでいきます。そのため横浜国立大学では、同級生含め、暖かい交流を経験することができました。日本の大学での学びは、若かった私には大変有益だったと思います。

長谷部 横浜国立大学では、すべての学部で、研究室・教室・ゼミナール単位で学生と先生との少人数での交流というのが伝統的に行われています。

ここでしか学べない経済学の深い基本的知識を与えていただいたと感謝しています

ここでしか学べない経済学の深い知識を与えていただいたと感謝しています

ここでしか学べない経済学の深い知識を与えていただいたと感謝しています

「ベーシック」を大切にする日本の大学が
今後どのような役割を果たすべきか

長谷部 今、経済成長の軸が中国から東南アジアなど新興国に移っており、日本企業による直接投資も増えています。そのためチャレンジングな学生さんが積極的にタイ、あるいはベトナム、インドネシアといった国々に興味を持ち始めています。本学の中で、タイは交流が盛んな地域のひとつですが、まだまだ十分とは言えません

タノン 現在、ASEANの中で日本の投資が一番大きい額になっています。たくさんの日本人旅行者やビジネスパーソンのための開発も進んでいます。そのためタイは日本人にとっても大変暮らしやすい環境であると思います。しかしネックになっているのは、タイ語でしょう。タイ語は難しく、英語と日本語とも違い、独立した言語です。しかし、大学のインターナショナルクラスであれば、英語で学ぶことができます。また、タイには、カンボジアやミャンマーなどの学生も勉強のために訪れます。そのため、そうしたタイ周辺のアジア諸国との交流もできるという利点もあります。

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長谷部 タノン先生が見知らぬ日本という国でかけがえのない経験をされたように、日本の学生もタイという東南アジアの中心から、日本や世界を見つめるのは良い経験になると思っています。
 改めて、タノン先生は日本の大学とアメリカの大学の違いをどのように感じましたか。

タノン 日本の大学のカリキュラムは非常に基礎的なものが多く、そうした理論的な内容は実社会であまり役に立たないと思われるかもしれません。ですが、私は逆だと思います。日本での学びは私の知的発展を満たしてくれました。
 一方、アメリカでは、研究資料をたくさん読んだうえで分析をし、宿題もたくさんありました。ですが、試験が終わった後はすっかり忘れてしまいます。論文を書くための分析力については身についたと思いますが、その根底にある、考える力についてはどうだったかなと疑問が残ります。

長谷部 今、世界を取り巻く経済は大きく変わり、科学技術もどんどん進化しています。これからの社会に対しては、自ら問題意識や課題を発見し、それを自分なりに調べ、自分なりの結論を導く。こうした訓練を通して、自分で考えて自分の言葉で語れるようになることが、今の大学に求められていることだと思います。

タノン インターネット上に膨大な知識が蓄えられ、いつでも好きな時に検索すれば知識を引き出せる時代に求められるのは、そうした知識をいかに、どのタイミングで、そしてそれをもとにどう行動すべきか、というように知識を活かす力です。そのため教員の側も、知識をコピーして書くのではなく、自ら問いを立て、そこに自分の言葉で解を与えるという分析をすることが大切です。そうすることが、イノベーションにつながっていくと思います。

自分で考えて自分の言葉で語れるようになることが、今の大学に求められていることだと思います。

自分で考えて自分の言葉で語れるようになることが、今の大学に求められていることだと思います。

自分で考えて自分の言葉で語れるようになることが、今の大学に求められていることだと思います。

イノベーションの概念の正しい理解と、
産官学の連携が成功を導く

タノン 私はイノベーションには3つの要素が不可欠だと考えています。1つ目は、思考をデザインして可視化すること。2つ目は、可視化されたデザインを実際に製品化するためのテクノロジー。3つ目は、マーケットの存在です。イノベーションのゴールは、ビジネス化であり、商品化です。消費者の期待を超えるものを提供する。そうすると市場がそれに飛びつくのです。

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長谷部 タノン先生のご意見に同感です。私から2つ付け加えるとすると、1つ目は「アントレプレナーシップ」です。世界のどこででも何かを起こそうとするチャレンジングな精神は、例えば海外の企業でのインターンシップ経験などを通し、若いうちから鍛えて欲しいと思います。2つ目は、イノベーションの将来方向を見極める上で、哲学・心理学といった人文科学の知識も大事だと思っています。それは、私たち人間が大切にすべき価値を考える必要があるからです。例えば医療の現場でいえば、とにかく命を保つために体中にチューブに繋がれた状態が果たして幸せなのか。人間らしい最期を迎えるとはどういうことか。これらは非常に難しい問題ですが、きちんと向き合って考えることが重要だと考えています。
 そういう意味でも、横浜国立大学では人文科学、社会科学、自然科学とバランスよく学部が配備された総合大学として、こうした学内の連携も大切にしてイノベーションを推進したいと思います。

タノン 競争に勝つモデルを作るには、大学・アントレプレナー・マーケットが必要です。企業と大学が連携すれば競争力のあるものが作れると思います。80年代アメリカは日本に負けました。製品力で勝てなかったため、どうしたら競争力を高められるかを考えました。そして、新たなイノベーションを生み出すためには、協力体制が必要だという解を得ました。新たな技術、ツールなどを大学などの研究機関と連携することで、競争力を得た事例はたくさんあります。今後のアジアの発展もそういうことろから見られると思います。

長谷部 地方自治体が、その地域で大学とベンチャーと連携し、地域の特色を協力して作っていく「リージョナルイノベーション」が、日本でも求められています。ここ横浜・神奈川には、グローバル企業が複数ありますし、金型技術などで国際競争力のある中小企業も多く存在しています。こうした地元の企業と連携して、たとえばライフケアの分野、ITの分野で大学も積極的にハブの役割を引き受け、リージョナルイノベーションをもっと進めていきたいと思います。そして、地域と共に発展する大学になっていきたいと考えています。

タノン そうした活動に、留学生を含む学生も巻き込んでいけたら、本当に素晴らしいと思います。

長谷部 私は学長に就任した際、今後、中国、東南アジア、もしくは中南米など新興国・途上国にもっと注目し、世界と日本の持続可能な発展に貢献する教育や研究を進化させたいというメッセージを発信しました。1年半学長を務めて、改めてその方向性は間違ってないと思っています。そのため、今後、タイとは大学間での交流はもちろん、産業間での交流を盛んに行うことで、タイの各地とここ神奈川県において、産官学の連携を進め、リージョナルイノベーションを実現するシステムを構築していきたいです。

タノン 大変素晴らしいことだと思います。今タイは、インドと中国との競争にさらされています。タイの企業は高い技術力を誇っているものの、新たなテクノロジーや製品のアイデアを必要としています。これはタイが自動車産業や機械産業を発展させるために避けて通れないプロセルだと思っています。そのため、横浜国立大学との連携に期待をしています。

長谷部 日本にとっても海外の市場に進出することは不可欠です。今後ともぜひよろしくお願いします。本日はありがとうございました。

profile

長谷部 勇一

長谷部 勇一

横浜国立大学長。経済学修士。環太平洋産業連関分析学会会長、中国投入産出学会顧問などを歴任。研究分野は比較経済システム論、産業連関論、環境経済論。

タノン・ビダヤ

タノン・ビダヤ

TTW Public Company 取締役会長。横浜国立大学経済学部1970年卒業・横浜国立大学名誉博士号、ノースウェスタン大学経済学修士号(1971)・経営学博士号(1978)を取得。タイ王国:財務大臣・商務大臣、タイ国立開発行政研究院名誉教授を歴任。日本政府:旭日大綬章受勲。