グローバル新時代”に向けて文理融合的視点からのイノベーションをめざす 横浜国立大学 校友会会長 杉田亮毅氏 横浜国立大学 学長 長谷部勇一

実践的な研究・教育の伝統のもとでグローバル化を推進

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杉田 現在、文部科学省が国立大学改革を促していますが、その背景をどう受け止めていられますか。

長谷部 2004年に国立大学が法人化され、各大学が個性を伸ばして競争力を強化することが求められるようになりました。最近特に改革が求められている背景としては、やはりグローバル化の新たな進展にともなう大学ランキングの変化です。欧米だけではなくアジア、特に中国、シンガポール、韓国、香港の大学が競争力を大きく伸ばし、日本の大学の評価が相対的に下落傾向になっている現実があり、日本の大学にとって、これまで以上に教育や研究の力を伸ばすことが急務となっています。

杉田 経済記者出身者の目から見ると、日本の経済界が直面している危機感と共通する部分もあるように思います。日本の人口減、アジアその他の途上国の台頭によって、国内の生産だけで競争力を維持するのが難しくなっており、生産部門の拠点を海外に移さざるをえないという喫緊の問題がある。そうなると、海外で活躍できる人材育成を政府に求めることになる。こうしたニーズに対して、横浜国立大学はどのように対応していますか。

長谷部 おっしゃるように、21世紀において世界経済の成長の軸はアジア、今後はラテンアメリカやアフリカなどの新興国にも移っていくでしょう。横浜国立大学としても、そこに着目していくという意味で、今の時代を“グローバル新時代”と捉えています。実は、アジア諸国を中心とした国からの留学生が増え、現在1万人の学生のうち留学生が900人を占めるまでになりました。グローバルな視点で考えると、欧米などで必要とされている最先端の研究ももちろん大事です。それに加えて、社会や市場のニーズに合った、それぞれの地域で必要とされているものを軸にしたイノベーションも求められていると考えています。
 横浜国立大学には、横浜師範学校、横浜高等工業学校、横浜高等商業学校の時代から実践的な教育や研究の伝統があります。この伝統をグローバル新時代に対応した形で発展させていきたい。具体的には、アジアなどの新興国で活躍できる日本人の人材の育成と、留学生には日本の文化や習慣を身につけた上で、人文科学、社会科学、理工学等の専門的な知識を習得してもらい、日本や新興国の発展に寄与していける人材を養成していきます。

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杉田 確かに全世界を相手にできればベストではありますが、身近なアジアをターゲットとしてとらえるのは一つの優れた考え方ですね。

長谷部 現在、日本だけではなく、アメリカ、ヨーロッパの企業もアジアに投資しています。ハーバード大学の学生の留学先として中国が最近急増していると聞いています。横浜国立大学としても「アジアに強い大学」として、欧米の一流大学とも連携していきたいと考えています。

杉田 留学生と日本人学生の交流も大事ですね。

長谷部 従来から交換留学制度により多様な学生を短期で受け入れることはありましたが、3年前にYCCS(Yokohama Creative City Studies)として英語で学士を取れるコースを創設した結果、アジアだけではなく、欧米からの学生も在籍し、ますます国際色豊かなキャンパスとなりました。4つの学部で英語科目も整備し、予想以上に多くの日本人学生がYCCSの講義を受講しています。「グローバルPlus ONE」という形で一定の英語の講義科目の履修者に副専攻修了書を授与する制度も始めています。
 また、国際教育センターが中心となって日本人学生がボランティアで留学生をサポートする取り組みも年々強化され、今月から理工系留学生のためのスペースを開設するなど、キャンパスの中で国際交流が行える雰囲気は確実に良くなっています。卒業生の国際的なネットワークとしては、18カ国22カ所で海外同窓会があるほか、現地でビジネス等のため赴任している日本人卒業生との交流も進めているところです。
 新たな取り組みとしては、高校から日本語教育を始めているインドネシア、ベトナム、モンゴルなどから優秀な生徒を受け入れる渡日前入試制度を中心とする「横浜グローバル教育プログラム」(YGEP:Yokohama Global Education Program)を29年度から実験的に始める予定です。渡日前入試制度自体は理工学部の一部の教育プログラムで本年度から施行しています。1年次から学部で4年間学ぶ留学生が増加することで一層の国際色豊かなキャンパスになると期待しています。

日本の大学にとって、これまで以上に教育や研究の力を伸ばすことが急務

日本の大学にとって、これまで以上に教育や研究の力を伸ばすことが急務

日本の大学にとって、これまで以上に教育や研究の力を伸ばすことが急務

人文、社会、理工の“三層イノベーション”を展開

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杉田 次に、イノベーションに関わる人材育成について伺いたいと思います。

長谷部 本学は理工学部に加え大学院の工学研究院、環境情報研究院、都市イノベーション研究院があり、科学技術をベースに先端的なイノベーションをめざしています。例えば社会インフラの安全、水素エネルギー変換化学、超省エネルギープロセッサー、情報・物理セキュリティ、超高信頼性自己治癒材料、次世代居住都市研究など、組織的に強い分野を伸ばしていくことが一つの戦略となっています。それに加え、教育人間科学部、経済学部、経営学部などの人文社会科学分野の先生方にも加わってもらい、文理融合的な視点から科学技術が社会に実装され、本当に役立つものになるための市場ニーズや企業組織を総合的に検討していくことが可能である点も本学の大きな強みととらえています。

杉田 最先端の分野では、どうしても技術に特化したイノベーションを考えがちですが、人文社会科学の専門家と一緒になって市場の予測、分析を行うことはこれからの時代には必要な視点ですね。

長谷部 はい。価値を創造していくためには哲学や文化・文明論などの人文系の広い視野も必要です。人文系で将来の長期的な視野で価値を創造し、理工系がそのための科学技術を進展し、社会系が社会実装されるための条件やビジネスモデルを探求していく。横浜国立大学がイノベーションのフロンティアとなっていくために、このような三層のイノベーションが必要だと考えています。この三層をうまく合わせて、今後展開していきたいです。

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杉田 “三層イノベーション”とは、良い言葉ですね。

長谷部 ありがとうございます。例えば、都市の分野では数年前に大学院に都市イノベーション学府をつくりましたが、国際化の進んでいる横浜をベースに都市にまつわる建築、土木、都市文化の新しいあり方を積極的に見出していくことを目的とした新しい文理融合的な大学院となっています。

杉田 現在、都市の問題をめぐっては公共交通、少子高齢化など広範囲の課題があります。

長谷部 本学はグローバル化の波にさらされているここ神奈川、あるいは横浜に着目して都市の問題を総合的に扱っていきたいと考えています。私は30年来ここ横浜で教育研究に携わっていますが、横浜は日本で初めて開港した場所ということもあって、国際化が進み異文化交流の盛んな町で、京浜工業地域に象徴されるように先端的な産業集積地としての顔がある一方で、団地の老朽化、郊外住宅地の高齢化、地震など災害リスクの高さなど多くの困難も抱えています。横浜・神奈川地域の直面している問題を大学として積極的に課題解決に取り組むことで、ローカルな視点とグローバルな視点が繋がるという意味で非常に特色ある地域だと思っています。現に、私が学長となって以降、神奈川県の進める「未病と健康長寿」に関するプロジェクトに参加し、医療特区としての京浜工業地帯の産業再生に携わったり、ロボット特区となった相模原市と包括協定を結ぶなど、この地域でリージョナルイノベーションを行っていく上で文理融合的な三層イノベーションは大切な観点であると実感しているところです。

杉田 そういった研究は全国の都市も注目するでしょうし、いろいろな問題に発展して行く可能性があります。

長谷部 現在、計画中ですが、以上のようなグローバル化とイノベーションの推進の実現をめざし、建築系、都市基盤系、環境リスク系といった理工学部と人文社会分野が、分野横断で文理融合的に展開していく新しい学部として、「都市科学部(仮称)」の平成29年度設置を検討しています。さらに研究面で言えば、昨年10月に設立された先端科学高等研究院では、広く社会全体のリスクを捉え、先端的な科学によってリスクを提言し安心で安全な社会を考える研究を行っています。現在、先の特徴で上げた分野を含めて11のユニットがあり、人文系、社会系のユニットでイノベーションと社会をつなぐような横断的な組織で研究を進めて行く所存です。

価値を創造していくためには哲学や文化・文明論などの人文系の広い視野も必要

価値を創造していくためには哲学や文化・文明論などの人文系の広い視野も必要

価値を創造していくためには哲学や文化・文明論などの人文系の広い視野も必要

安定的な財政基盤の確立のための仕組みづくりを

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杉田 一方、運営費交付金や研究費の削減など、国からの予算が削減されている厳しい状況が続いていますね。

長谷部 おっしゃる通り、国立大学法人に移って以来、独立行政法人と同じように毎年運営費交付金が約1%減少し、本学の場合、この11年で7億4千万、9.4%の減少を経験しています。大学院を創設し学部を改革し、さらにはグローバル化のために国際交流の拡充が求められるなかで、こうした状況では落ち着いて長期を見通した戦略を立てられません。個人の研究費もここ2、3年で、すべての学部・大学院で大幅な減少が続く厳しい状況となっています。学会も自腹で参加する時代になりつつあります。

杉田 何か対策はありますか。

長谷部 外部資金の申請を強める取り組みを行い、科学研究費助成事業に関しては平成26年に52%、平成27年には66%と採択率も上がっています。今後も企業との共同研究や委託研究に組織的に強化する予定です。もう一つ、寄附事業を積極的に行っていく必要を感じています。

杉田 横浜国立大学が個性や特色を発揮し、使命と役割を果たしていくには、財政基盤の確立が不可欠です。そのためには、個人からの寄附金収入の増加を促進することは重要ですね。

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長谷部 国立大学法人全体としての寄附金収入額は、文科省の調べでは平成21年は768億円、平成24年には846億円と増加傾向にあります。本学においても近年、卒業生から給付型奨学金の原資として大型の寄附をいただくなど、徐々に実績は上がっています。しかしながら、海外の大学は寄附金などを原資とする巨額の基金によって財政基盤を強固にしている。例えばハーバード大学は年間900億円以上の寄附金を集めています。日本において国立大学への寄附を増やすためには、各大学の努力に加え、寄附税制の拡充が必要と考えています。
 ここで問題なのは、私立大学に対する寄附には税額控除と所得控除の選択制が認められてるのに対し、国立大学に対する寄附は所得控除のみであり、税額控除が認められていない点です。例えば、所得税率が10%の人が10万円寄附したケースでは、所得控除の場合には減税額は9,800円になる。これが税額控除になれば寄附金控除は40%なので、39,200円の減税になり、その差は29,400円にもなる。実際、私立大学への個人寄附では、税額控除導入後にメリットを受けると考えられる3千円から5万円の金額帯の寄附が多いようです。
 税額控除制度の導入は、寄附者の裾野を広げることを通じ寄附増加に大きく寄与すると考えられます。こうしたことから、国立大学協会等を通じて、国立大学も私立大学と同様に個人寄附にかかる所得控除と税額控除の選択制が導入されるよう要望しています。

杉田 また、寄附によって大学教育のどの部分に役立つのかを示すことも重要です。

長谷部 はい。例えば、国際交流の分野では、経済的に苦しい日本人学生の留学の渡航費の補助や、海外からの留学生への奨学金などへの寄附をお願いすることが考えられます。たとえば50万円の寄附があれば年間授業料に相当しますので、1名の学生の給付型奨学金になります。すると200万円あれば途上国から優秀な留学生を学ばせることが出来ますので、本学の留学生受入プログラムの意義を積極的に発信したいと考えています。また、日本の企業あるいは地元横浜の企業に、国際化に対応する人材育成ということで連携した基金のような仕組みも考えていきたいです。

杉田 まさに横浜国立大学がめざす大学像にふさわしいアイデアですね。今後の横浜国立大学の取り組みに大いに期待しております。本日はありがとうございました。

profile

杉田 亮毅

杉田 亮毅

横浜国立大学校友会 会長。公益社団法人日本経済研究センター 特別顧問。株式会社日本経済新聞社 顧問。1937年長崎生まれ。1961年横浜国立大学。経済学部卒業、日本経済新聞社に入社。同社の代表取締役社長、会長などを歴任。

長谷部 勇一

長谷部 勇一

横浜国立大学長。1954年東京都北区生まれ。経済学修士。環太平洋産業連関学会会長、中国産業連関学会顧問などを歴任。研究分野は比較経済システム論、産業連関論、環境経済論。