鈴木 藤嶋さんは本学のご出身でいらっしゃいますが、在学中の思い出と言えば?
藤嶋 たくさんありますが、なかでも2・3年生の夏休みに友人数人でやった「おしかけ授業」は楽しかったですね。地方の教育委員会に連絡して許可をとり、その土地の中学校で生徒を校庭に集め、私は理科、誰々は英語……と担当を決めて、特別授業を行ったのです。学校の宿直室などに泊めてもらって宿代を浮かせ(笑)、何カ所もまわりました。
鈴木 アクティブな学生だったようですね。そのときの仲間とは今も?
藤嶋 もちろんです。彼らに限らず、大学時代からの友人は多いですよ。
鈴木 当時に比べると、大学での人間関係が薄くなっているのでしょうか、最近はそうした友情が生まれにくいような気がします。
藤嶋 理系でも学科の規模が大きくなり、同じ人間と一緒にいる時間が短くなったこともあるでしょう。
鈴木 それについては、初年次から少人数の基礎ゼミのような科目を設けるなど、本学ではいろいろと工夫していますよ。
さて、ご卒業後は東大の大学院に進まれて、「光触媒」の研究をされましたね。特定の物質に光をあてると、表面でさまざまな化学反応を引き起こすというこの光触媒は、今では有害物質の分解や除菌をはじめ幅広く応用・実用化されていますが、その分野でまさに世界をリードするお仕事をなさっているわけですが、当時のエピソードなどはありますか。
藤嶋 大学では「電気化学」という伝統的な学問分野を専攻していたので、大学院では、そこに光の作用がかかわる新しい分野である「写真化学」の研究室を選んだのです。すると、ちょうどそのころ、従来の写真とはまったく原理の違う「複写機」、今でいう「コピー」の研究が始まりました。また、アメリカやドイツでは、ゲルマニウムやシリコンなどの半導体と呼ばれる物質に光をあてて水を電気分解するという研究も始まっていました。「光電気化学」という分野が、にわかに面白い状況になってきたわけです。
私はそこで、まだ使われていなかったいろいろな物質で、電気分解を試してみました。そして、今では光触媒の代名詞のようになっている「酸化チタン」に、たまたま出会ったんです。
この酸化チタンを水に入れて光をあてると、それだけで泡が出てくる。分析してみると、これが酸素だったのです。植物が葉の表面で行なう「光合成」と同じ反応だ、と私はとても感動しました。まあ、一般には同時に出てくる水素のほうに関心が集まったのですけどね(笑)。
ただ当時の電気化学の世界には、この実験の意義がわからないどころか、結果を信じないような方も多くて、博士号をとるのにも苦労しました。やがてイギリスの権威ある科学雑誌『ネイチャー』に論文が採用され、日本のマスコミでも紹介されて、ようやく注目していただけるようになりました。
鈴木 酸化チタンとの出会いは「偶然」とおっしゃいましたが、結果を予想して試してみられたわけではないのですか。
藤嶋 予想はできませんでしたけれども、もちろん欲しい結果を意識して、一定の方針を決め、実験を重ねていった上での「偶然」ということです。
「セレンディピティ(偶然に何かを発見する能力)」という言葉があります。実は、奇跡にも見える「偶然」は、だれの周りにも平等にころがっている。でもそれは、問題意識を持って求め続けている人でなければ見つけることができない。つまり常にアンテナをはってセレンディピティを磨いておくことが大切なのではないでしょうか。このことは、特にこれからの世界をになう若い方々には覚えておいてほしいですね。
鈴木 最近大きな問題になっている子どもの「理科離れ」対策に、たいへん尽力されていますね。ここ神奈川県でも、いろいろ活動なさっている。
藤嶋 神奈川科学技術アカデミーの「なるほど体験出前教室」で授業を担当したり、神奈川新聞にも子ども向けの連載をしていました。それをまとめたものをはじめ、本もずいぶん出しています。身近なところに、理科にかかわる面白いことがこんなにたくさんある、そして、科学技術は私たちにとって、とても大切なものだよということを伝えたい一心で活動しています。
鈴木 「理科離れ」の原因は、どこにあるとお考えですか。
藤嶋 私は「七五三問題」と呼んでいるのですが、理科が好きだと言う子どもは、小学5年生で70%、中学2年生で50%、高校2年生で30%と減っていく。その原因の一つは、親、とりわけ母親が理科に興味がなく、そのため家庭で理科に関する話題がほとんど出ないということにあると思うのです。ですから、先ほどの私の本も、まずお母さんたちに読んでいただきたい。
鈴木 私も読ませていただきましたが、大人が読んでもとても面白いですよね。
藤嶋 もう一つの原因は、小学校の先生の採用の仕方です。大学で小学校の教職課程をとるのはどうしても文系志向の学生が多く、もちろん理科も勉強しますが、必ずしも好きでも得意でもないわけです。ところが、5・6年生の理科の内容は、好きでなければなかなかうまく教えられない。そして、先生に熱意があるかないかは、子どもに伝わりますからね。
鈴木 理科教育に熱心な先生がいる小学校で、校庭にビオトープを作るお手伝いをしたのに、その先生が移動されると、ビオトープもなくなってしまう……私もよく経験します。
藤嶋 熱心な先生が一人いれば、理科室にも実験器具や薬品が整って、子どもが勉強する環境は格段に改善されるのですよね。この点は、校長先生にも考えていただきたいところです。
鈴木 折しも今年は、「国際化学オリンピック」が日本で開催されますよね。子どもたち、とくに高校生に理科への興味を持ってもらうためには、いいチャンスだと思うんです。
藤嶋 通常は地区大会から4000人ほどの高校生が参加するわけですが、この機会にもっと増えてほしいですね。そのためにもやはり、高校の理科の先生が高い意識を持って、生徒に情報を伝え、参加を促してくれることが大事だと思います。
鈴木 この1月から東京理科大の学長に就任されましたが、「理科離れ」以外に学生をご覧になっていて、気になることはありますか。
藤嶋 専門以外の一般教養の知識が足りない点ですね。文部省(当時)の方針転換によって「一般教養課程」がなくなって以来、各大学が専門教育のほうを重視する傾向を強めてきましたから。東京理科大学では、文系を含めた一般教養科目の充実に非常に力を入れていますが、それを勉強する、しないは学生次第。まずは幅広く本を読んでもらうことが大切だと考え、図書館に古典文学なども含む、学長推薦図書のコーナーをつくるなど、工夫をしています。
鈴木 一般教養科目を、横浜国立大学では「キャリア教育科目」と呼び換えているんです。もちろん、就職のための教育という狭い意味ではなく、仕事を含む人生全体をキャリアととらえて、その中でさまざまな形で役に立つ知識を身につけてもらうための科目を「キャリア教育科目」と呼んで提供しているわけです。
大学での学びは、単に知識を積み重ねるだけではだめで、社会の中での自分の位置、自分と周囲の人たちとの関係などを把握していくものでなければならない。ですから高校生諸君には、大学は自分で選んだことを学ぶ場所、自立した人間としてのキャリアの第一歩だという意識で入ってきてほしいですね。
藤嶋 イチロー選手が9年間連続200本安打の記録を達成したとき、「自分は基本的なことをやり続けてきただけだ」と話していて、私は素晴らしいなと思いました。学問も、結局は基本的なことをコツコツとやり続けることが大切なのです。そしてその先に、大記録とはいかなくても、必ず自分なりの発見があって、学問の楽しさがわかってくる。学生たちには、そのことも知っておいてほしいと思います。
鈴木 選ぶことと続けることが大事なのですね。ありがとうございました。