国際化を推進し留学生を増やすきっかけに

長谷部 2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向け、組織委員会と全国の大学は2014年6月、連携協定を結びました。横浜国立大学もその一つです。本日は、「2020年オリンピック・パラリンピック東京大会推進室長」で、本学の卒業生でもいらっしゃる平田竹男さんにアドバイスいただきながら、改めて本学が2020年に向け果たすべき役割について考えてみたいと思っています。

平田 各大学との連携においては、アスリートやトレーナーの輩出はもちろん、オリンピック教育の推進やグローバル人材の育成をはじめとした、スポーツ以外の分野での関わりにも期待しています。
 私は中学や高校でオリンピック・パラリンピック(以下オリ・パラ)の話をする機会がありますが、生徒の皆さんは「自分はアスリートではないからあまり接点がない」と考えているようです。しかし、オリ・パラに関わるのは、アスリートなどスポーツ関係者だけではありません。例えばボランティアとして海外の選手や観客をサポートする人材も必要です。また、オリ・パラは、スポーツの国際交流だけではなく、文化の国際交流という意味合いも大きい。そこでぜひ大学には、まずはこうしたさまざまな学生の活動を促進していただきたいと思っています。

長谷部 5年後、今の中学生、高校生たちは大学生として東京オリンピック・パラリンピックを迎えます。国内のみならず、世界から注目を集める大会となるわけですから、今後大学にはますます国際性が求められるでしょう。文部科学省では、留学生を約2倍の30万人にするという目標があります。本学も約900名の留学生が学んでいますが、2014年は、アベイニシアチブによるアフリカからの留学生を迎えるなど、着実に国際化を進めています。政府も2020年には外国人旅行者を2000万人まで増やすという目標を掲げていますが、具体的にどのような取り組みが必要だとお考えですか。

平田 現在オリ・パラに向け、さまざまな表示を多言語化するプロジェクトを、空港や鉄道をはじめとする交通機関や、ホテル、小売など多くの事業者と一緒に進めています。例えば、新宿には「JR新宿駅」「小田急新宿駅」「京王新宿駅」という表記があるため、それらが多言語で表記されていたとしても、外国人は混乱してしまいます。まずは単に「新宿駅」とだけ書いてもらったほうが親切というわけです。つまり大切なことは、単に多言語化するだけではなく、外国人が迷わないよう表記ルールを統一することです。2020年という締め切り効果も手伝い、今後5年間で日本の国際化は加速していくでしょう。タイ、マレーシアに次ぎ、人口2億4000万人のインドネシアもビザが免除され、東南アジアを中心に今後ますます多くの外国人が日本を訪れることは必至。横浜国立大学でもアジアからの留学生が多いと思いますが、旅行したことがある国に留学したいと思う可能性は高いため、旅行者が増えることは、留学生の増加にも寄与すると考えています。

長谷部 私も2013年にインドネシアを訪れましたが、現地でのJリーグ熱がすごかったことを覚えています。このようにスポーツがもたらす国際化は多方面から期待されていますから、留学生を増やすきっかけとして、オリ・パラをうまく活用したいと願う一方で、多言語化における表記ルール統一なども参考にさせていただき、留学生が学びやすいキャンパスを整備する必要があると改めて認識しました。

パラリンピックにも注目し、共生社会を考える

長谷部 平田さんは「私は、五輪室長ではなく、オリ・パラ室長です」とおっしゃっていますが、そこに込められた意味はどのようなものですか。

平田 皆さんが見慣れた五輪マークはオリンピックを象徴するもので、パラリンピックにはまた別のシンボルがあります。そのため、このポストに就いてから「五輪室長ではなく、オリ・パラ室長です」と言い続けています。そして、日本が今この機会に取り入れるべきは、「共生社会教育」だと考えています。障がいを持っていることは病気ではなく、健康体であるという意識のもと、わけ隔てなく付き合っていく。そうしたことをまずは大学生が理解し、彼らがリーダーとなって、近隣の小中学生を指導するなかで、一緒になって健常者と障がい者が共生する社会を考えるきっかけにしてもらえたらよいと思っています。

長谷部 横浜国立大学にも障がい者スポーツに携わる先生がいますし、聴覚障がい者のための「デフリンピック」で活躍した選手が大学の陸上競技場などの施設を使っています。今後いっそうのバリアフリーを目指し、大学として障がい者スポーツの振興を進めることが大切だと私も考えています。先ほどの国際化とあわせ、共生社会という重要なテーマをどのように大学生に伝えるかについて学内でもしっかりと議論したいと思います。そして少しでもここ横浜で学ぶ学生のモチベーションアップにつながることを期待しています。

長谷部 勇一(はせべ・ゆういち)横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授 1984年横浜国立大学経済学部助教授、1990年カリフォルニア州立大学バークレー校客員研究員。1995年横浜国立大学経済学部教授。2008年同大学大学院国際社会科学研究院教授。専門は産業連関分析。

平田 2020年のパラリンピックは、8月25日から9月6日までの開催予定なのですが、開幕のタイミングで学校も始まります。そこで、考えているのが、パラリンピアンの方々に、全国の学校を周り生徒たちと交流をする機会を持っていただきたいということです。世界中から集まったパラリンピアンが校庭で生徒たちと一緒に遊んでくれたら、それこそが最良の共生社会教育になるのではないでしょうか。
 一方で、2025年には、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者に突入し、4人に1人が75歳という超高齢社会がいよいよ到来します。パラリンピックがもたらす、ユニバーサルデザインやバリアフリーという発想は、世界から来日する人々のおもてなしだけではなく、車いす社会ともいわれる日本社会全体が直面する超高齢化という問題の解決にも寄与するものです。

長谷部 大学はスポーツの指導はもちろん、器具や競技を計測する技術を開発するなど、さまざまな場面でオリ・パラをはじめとするスポーツ競技に貢献できると考えていますが、そうした技術や研究が、技術転用などで福祉や医療で活用されることは十分期待できます。

平田 もう一つ大切なことは、意識を変えること。例えばパラリンピアンの練習場をどうするか考える際、専用施設を使うという意見もありますが、私はそうではないと思っています。同一の施設で健常者とともに同じアスリート同士で練習すべきでしょう。つまり、障がい者を区別しない。交差点などでは、視覚障がい者の方に「青になりましたよ」と教えるだけで十分なサポートになるのですが、日本人は支えようという気持ちはあるのに2、3秒躊躇するうちにタイミングを失ってしまう。こうした心のバリアフリーを取り除くことが大変重要です。こうした細かな点にも配慮した、共生社会教育が大学にも求められています。

大学の幅広い分野の研究がオリ・パラとその先の日本を支える

長谷部 2020年オリンピック・パラリンピックについては、様々な研究機関が3兆円から最大150兆円まで、その経済効果について推計しているように、経済に与えるインパクトがメインに語られますが、先ほど平田先生がお話されたように、日本の少子高齢化や震災からの長期的復興など、日本が今抱えている課題にも大きな影響を与えそうですね。

平田 確かに経済効果は大変重要ですし、大きな期待がもたれています。2020年オリンピック・パラリンピック東京大会推進室長という肩書きから、よくスポーツ関連の仕事だと誤解されるのですが、実はそれだけでなく、むしろ大きいのは、サイバーテロを含むテロ対策、安全工学、デジタルアート、クールジャパン、食、共生社会、国際化、センサーテクノロジー、バリアフリー、おもてなし、IT推進……で、霞が関の関係省庁すべてが一丸となってそれぞれの分野を担当しています。

長谷部 こうしてお聞きしていると、確かに横浜国立大学が擁するすべての学部・大学院に関わっており、人文・社会・自然科学の融合的研究が求められています。そして、大切なのは我々教員一人ひとりが、自分たちの研究がこのように求められている各分野において、どのように貢献できるかを考えることでイノベーションに繋げ、学生たちにも還元し良い影響を与えることでしょう。
 最後に、東京の近郊である神奈川・横浜という地にある大学として果たすべき役割があればアドバイスいただけませんか。

平田 横浜といえば、私がこのポストに就いて最初に行った業務が、障がい者スポーツ施設として有名な「横浜ラポール」の視察です。パラリンピアンの練習場として活用も検討されています。また、2019年には相鉄線と東急線が相互直通運転を開始予定で、横浜国立大学の北に位置する現在のJR貨物横浜羽沢駅周辺に新駅ができ、東京や埼玉から横浜国立大学へのアクセスがグッと良くなります。そうなると利便性が向上し、やはりこの広大なキャンパスの活用が期待されるのではないでしょうか。

長谷部 羽沢周辺の都市開発には、本学の都市計画や交通工学を専門とする教員も関わっています。大学と街の一体化をめざしています。そんな中、横浜国立大学またはYNUの入った駅名になったらいいのにと話しています。

平田 私もかつて「鹿島サッカースタジアム駅」という名称に尽力したことがありますが、駅名に横浜国大(YNU)が入ることで、良いブランディングになりますね。

長谷部 本日は、国際化と共生社会というお話から、新たな気付きをたくさんいただきました。横浜国立大学が理念とする「実践性」「先進性」「開放性」「国際性」をいっそう大切にしながら、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて、今後求められる専門性、そしてユニバーサルな教養を学生一人ひとりが身に付けることができる教育を行っていきたいと思います。本日はありがとうございました。