宮脇

対談 梅原 出 × 小池 文人が語る

Theme :宮脇 昭 名誉教授の遺した
「森」という研究資源

梅原 出横浜国立大学 学長

小池 文人同大学院 環境情報研究院
自然環境と情報部門

横浜国大の森は、人工とは思えないほど自然に近い

学長:横浜国大キャンパスの代名詞とも言える豊かな森は、故・宮脇昭名誉教授の代表的なお仕事のひとつと言われます。本日は、宮脇先生の系譜を継ぐ生態学者でらっしゃる小池先生に、宮脇先生の手掛けられた植生について伺えればと思います。

小池:まず、この森のすごさについてお話ししますと、人工とは思えないほど植生が多様です。新たに大規模な植栽をするとなったら、普通は特定の種類をきれいに植えていきます。並木を作ったり、区画を決めたりして、見た目のバランスが良くなるようにする、と。しかし、そうするとどうしても自然の森のような複雑なテクスチャーは生まれません。

学長:本学の森は、「もともと森だった場所を拓いてキャンパスをつくった」と思われるほどに自然の森に近い。宮脇先生がそうした植生を実現できたのはなぜでしょう。

小池:宮脇先生は生態学者として、日本各地の植生についてのカタログ(目録)をつくってきました。「こういう場所には、こういう種類の植物が生える」という情報を整理してらしたわけです。その経験から、ある程度その環境に合う植物を絞り込んだ上で、とにかくいろいろな種類を密植させることが大事だと考えたのですね。すると環境に合った種が生き延びますし、それらが複雑に絡み合い、自然の森に近い姿になっていきます。

「多様な生態系」は自然にはできあがらない

学長:私の住むマンションの敷地内にも植栽があるのですが、やっぱり景観重視なので、きれいではありますが、すぐに立ち枯れしてしまいます。それを思うと、本学の森はすごい。本物の自然の森と、宮脇先生の植生された森との違いはどこにあるのでしょうか。

小池:背の高い木々、いわゆる高木層についてはほとんど実際の森と同じです。違ってくるのは、低木層や草木層と呼ばれる部分。この層については、土の中の菌など、長い時間をかけてできあがってくる生態系も関わってくるので、木を植えるだけではなかなか復元できません。

学長:なるほど。もともとの森を残していた場所にはそれがあるのでしょうか。

小池:そうですね、名教自然の森の周辺には、結構残っています。たとえば、絶滅危惧種のランなんかがそうです。シンビジウムの仲間なのですが、葉が全然なくて、ほぼ光合成しない種類なのです。菌と共生しているので、これも一度伐採してしまったら復元は難しいでしょう。

学長:つまり、このまま何十年か経っても、完璧な自然には戻らないと。

小池:数百年はかかるでしょう。最近の研究でわかってきたのは、植物の種子は意外と広がる範囲に限りがあるということ。とりわけ下層の植物の種子は、飛んでもせいぜい数十メートル。つまり、思ったよりも「多様な生態系」は自然にはできあがらないのです。それでも、ここまで多様な森を形にした宮脇先生は本当に偉大です。

かつての森づくりが、次なる研究の礎に

小池:ちなみに植物の種子が意外と広がらないことを、世界で初めて明らかにした研究は、横浜国大の森を舞台に行われました。この調査や実験には、自然に近く、研究対象の種類が生育しない植栽された森が必要となりますが、そもそもそんな森はほかに存在しません。

学長:なるほど。宮脇先生の「森は自然と多様に育っていく」という見立ては、ある意味はずれたわけですが、その見立てのもとに森をつくっていたからこそ、後世の研究者はこの調査ができた。まさに研究の発展に貢献したわけですね。

小池:台風の倒木リスクも一本ずつの木で計算していますが、都市の大規模な森の管理をこのようにやっている機関は、他にはありませんので、そういう意味でも貴重なケースです。横浜国大の管理方法を世の中に提言できますからね。

学長:この森の重要性は、まだ十分に理解されていません。グリーンイノベーションというか、この大学の森が果たしている役割や、都市である横浜にこういう森があることの重要さはもっと発信していきたいですね。

森は、「つくる」から「まもる」のフェイズへ

小池:今は世の中に、新たに森をつくる場所がないのです。1970年代ぐらいまでは、住宅開発にともなって更地がたくさん生まれていました。今は、むしろ多様性が高い伝統的な草地が失われている状態です。そのため、森を新たにつくるよりは、既存の緑地をいかに維持するかが問われています。

学長:もし今、宮脇先生が現役で研究をされていたら、伝統的な植生の保全にも熱心に取り組まれていたかもしれないということですかね。

小池:そうですね。現状の保全では、珍しい種類を守ることに力が偏っています。しかし生物は単体で存在するわけではなく、広い生態系のなかに棲んでいます。ですので、特定種だけでなく、その種が属するシステム全体を保存する必要があります。

学長:森づくりから、森の維持へ。それで、学内でヤギを飼い始めたのですね。

小池:大学の周縁は住宅地と接するので木を抑制していますが、そうすると蔓草が生えてくるので、草刈りを続けるのに膨大な手間が必要です。敷地も広いので、とても人力では刈っていられません。そこで、ヤギに食べてもらおうということで飼い始めました。これも新たな森の管理方法の提案ですね。そこには日向を好む里山の植物もいるので一石二鳥です。

学長:本学は45万㎡ありますから、たしかに人力ではとても管理しきれません。それにしても、ヤギはすごい食べますね。報告書をみてびっくりしました。なんだか私、最近小池先生がヤギに見えてきて……(笑)。

宮脇先生は、人を引き寄せるパワフルなリーダー

学長:私は宮脇先生と親しくお話をしたことはなかったのですが、どんなお人柄だったのでしょうか。

小池:とにかくパワフルでした。中国で植樹をするプロジェクトがあって、その基礎調査に同行したこともありましたが、朝から晩までずっと仕事をしていて、文字通りバイタリティにあふれていました。

学長:長らく環境科学研究センターで研究者として活動され、1993年に退官されたあとも積極的に様々な場所でご活躍されていましたよね。

小池:そうですね。全国からいろいろな学生や居候のような人が集まってきて賑やかに仕事されていました。いろんな特技を持った人を集めるのが上手なのです。旅行会社の経験がある人だとか、絵のうまい人だとか。さまざまな能力をもった人を集めて、ひとつのプロジェクトを前進させるのです。

学長:まさに理想のリーダーですね。本学の森をつくるときにも、そんな風にチームを作られたのでしょう。ちなみに現在、本学で植生のことを研究されている方ってどのくらいいるのでしょうか。

小池:生物系や環境系で森林と向き合っている研究者は非常に多いですよね。世界的にも多いと思います。

学長:そういう意味では、宮脇先生は森だけでなく、「森林研究」という分野そのものを本学に残してくれたといえますよね。この強みをアピールしていくことが、私の仕事だと思っています。

小池:ぜひ、よろしくお願いいたします。

宮脇昭横浜国立大学名誉教授。公益財団法人地球環境戦略研究機構国際生態学センター終身名誉センター長。2021年7月16日、93歳でご逝去。ここに謹んで心よりお悔やみ申し上げます。

Profile

梅原 出UMEHARA Izuru
横浜国立大学学長。1962年大阪府生まれ。博士(工学)。日本工学教育協会委員、大学基準協会委員などを歴任。研究分野は固体物性物理学―超伝導、磁性。
小池 文人KOIKE Fumito
横浜国立大学大学院環境情報研究院教授。1959年長野県生まれ。理学博士。1988年横浜国立大学環境科学研究センター助教授、2001年大学院環境情報研究院助教授、2007年同大学院准教授、2008年より現職。研究分野は生態・環境、自然共生システム。