【プレスリリース】草原群落の安定性、失われる種の数より「どの種が失われるか」が重要
本研究のポイント
・モンゴルの乾燥草原で、植物種が失われる順序を操作する野外実験を行い、草原群落の安定性と、それを支える仕組みがどう変わるかを検証した。
・短期間では、種数が減少しても群落の安定性に明確に低下は見られなかった。
・一方で、安定性を支える機能的多様性・補償動態・種の安定性の働きは、どの種から失われるかによって大きく異なった。
・従来の「ランダムな種の喪失」を前提とした評価では、現実に起こりうる非ランダムな種の喪失による草原群落の安定性への影響を過小評価する可能性がある。
研究概要
横浜国立大学大学院環境情報学府修士2年の野中駿氏、同大学大学院環境情報研究院・総合学術高等研究院の佐々木雄大教授、三重大学の吉原祐准教授、モンゴル国立大学のDashzeveg Nyambayar准教授、東北大学の陶山佳久教授らの研究グループは、モンゴルの乾燥草原において、植物種がどの順序で失われるかを操作する野外実験を行い、草原の時間的安定性と、それを支える仕組みの変化を調べました。草原群落の安定性は、気候変動下でも生態系機能(家畜の餌資源となる一次生産、土壌の炭素貯留や侵食抑制など)を持続させ、地域の牧畜や土地利用の基盤を支える重要な要素です。結果、短期的には、草原群落の安定性に種の喪失順序の違いによる差は見られなかった一方で、安定性を支える仕組みは種の失われ方によって大きく異なることが分かりました。とくに、優占的な種から失われる場合や、個体数が多い種と少ない種の両方が失われる場合には、機能的多様性や補償動態の弱化を通じて、将来的な不安定化につながる可能性が示されました。 一方、ランダムな種の喪失では、条件によっては安定性が高まる場合もあり、ランダムな種の喪失を前提とした従来の評価では、現実の草原で起こる変化の影響を見誤る可能性が示されました。本研究は、生物多様性の変化が群集の安定性に及ぼす影響を評価するうえで、「何種失われるか」だけでなく、「どの種から失われるか」を考慮する重要性を示したものです。
本研究成果は、国際学術誌「Journal of Ecology」に掲載されました(2026年6月29日(月)午前5時1分(英国時間))。
研究成果
地球温暖化や放牧、干ばつなどの極端気象は、草原の生物多様性を一様に減らすのではなく、特定の種を選択的に失わせる「非ランダムな種の喪失」を引き起こします。しかし、こうした現実的な種の失われ方が、草原群落の安定性([用語1])にどのような影響を与えるのかは、これまで十分に検証されてきませんでした。特に、短期的には群集が一見安定に見える場合でも、その背後で安定性を支える要素(機能的多様性([用語2])、補償動態([用語3])、種の安定性([用語4])など)がどのように変化しているのかは不明でした。
本研究では、モンゴルの乾燥草原において、種が失われる順序を操作する野外操作実験(図2、[用語5])を行い、群落の時間的安定性と、それを支える仕組みの変化を検証しました。具体的には、その場所で個体数の多い種から順に除去するシナリオ、少ない種から順に除去するシナリオ、多い種と少ない種の両端から同時に除去するシナリオ、ランダムに除去するシナリオの4つを設定し、目標種数(操作強度)を段階的に変化させました。除去後の2014~2016年に、各プロットで種ごとの個体数を追跡し、群落の安定性を算出するとともに、機能的多様性、補償動態、および種の安定性との関係を解析しました。
その結果、短期(2014~2016年)では、どのシナリオでも種数の減少に伴う群落の安定性の明確な低下は見られませんでした。しかし、安定性が保たれているように見える場合でも、安定性を支える要素の寄与や経路はシナリオによって大きく異なることが分かりました。特に、個体数の多い種から失われるシナリオでは、機能的多様性の低下が種の安定性の低下につながり、結果として草原の安定性を弱める経路が示されました。また、個体数の多い種と少ない種の両方が失われるシナリオでは、種どうしの増減の打ち消し合い(補償動態)が弱まることで、安定性の低下に関与することが示唆されました。個体数の少ない種からの除去は短期的な影響が比較的小さく、ランダム除去では条件によって安定性が高まる場合も確認されました。
以上より本研究は、「何種失われるか」だけでなく、「どの種から失われるか」が、草原群落の安定性を支えるプロセス(機能的多様性、補償動態、種の安定性)の組み替えを通じて、将来の安定性リスクを左右する可能性を示しました。従来のランダム喪失を前提とした評価では見落とされがちな、現実的な非ランダム喪失の影響を、野外データに基づいて明確化した点が本研究の重要な成果です。
今後の展開
草原は、家畜生産を支える基盤であるだけでなく、土壌の保全や炭素循環、生物多様性の維持など、多様な生態系機能を担っています。一方で、放牧圧の変化や干ばつ頻度の増加など、複数の攪乱要因が同時に進行する中で、群落構造や安定性が将来的にどのように変化するかを見極めることがますます重要になります。特に、短期的には群落の安定性が維持されているように見えても、その安定性を支える仕組みが損なわれていれば、攪乱の反復や長期的な環境変化の下で急激に不安定化する可能性があります。
本研究で示した枠組みは、種の喪失順序(非ランダム性)に着目し、機能的多様性・補償動態・種の安定性といった複数の安定化要素を統合的に評価することで、草原がどのような条件で脆弱化しやすいかを明らかにする手法です。今後は、より長期のモニタリングを継続し、非ランダムな種の喪失が時間とともにどのように累積的影響をもたらすのか、また年変動の大きい半乾燥環境下で安定化プロセスがどの程度持続するのかを検証する必要があります。さらに、個体数データに加えてバイオマスや生産量などの機能指標を併用することで、群落動態と生態系機能の関係をより直接的に評価できるようになります。
将来的には、草原管理の現場において、「優占に近い種が失われやすい条件」や「高・低アバンダンス種が同時に失われる条件」を特定し、どのタイプの攪乱が安定化要素を強く損なうのかを評価することで、保全・管理の優先順位づけに貢献できると期待されます。非ランダムな種の喪失の視点を取り入れることにより、変化する環境の中で草原の利用と生物多様性保全の両立を図る上で、今後も重要な知見が得られていくと考えられます。
謝辞
本研究は、三井物産環境基金(R12-G2-253)、日本学術振興会科学研究費(25712036、 23K25045、 24K03127、 25K03306、26K03130)の支援を得て、実施されました。
用語解説
[用語1]
草原群落の安定性:草原群落の総個体数の年変動がどれだけ小さいかを表す指標。各プロットで観測期間(2014~2016年)の総個体数の平均値を標準偏差で割った値として算出し、値が大きいほど変動が小さく「安定」と解釈する。
[用語2]
機能的多様性:種数の多さだけではなく、植物の高さや葉の特性(葉の乾燥重量や葉の炭素・窒素含有量、葉の面積など)などの形質の多様さを示す概念。
[用語3]
補償動態:ある種が減ったときに別の種が増えるなど、種どうしの個体数の増減が打ち消し合って群落全体の変動が小さくなる現象を指す。
[用語4]
種の安定性:種ごとの被度の時間的安定性を、種ごとの相対被度によって加重平均した値。群落内の相対被度が高い、優占種の被度の安定性が強く反映されます。
[用語5]
野外操作実験:モンゴルの乾燥草原に設置した3m×3mの固定プロットで、植物を人為的に除去し、種数を段階的に減らした実験です。本研究では「どの種が先に失われるか」を変えるため、各プロット内の個体数順位にもとづき、①個体数の多い種から順に除去、②少ない種から順に除去、③多い種と少ない種の両端から同時に除去、④ランダムに除去、の4シナリオを設定しました。これにより、放牧や干ばつなどで起こりうる「特定の種が選択的に失われる(非ランダムな種の喪失)」を実験的に再現しました。
論文情報
| 掲載誌 | Journal of Ecology |
|---|---|
| タイトル | Non-random species loss weakens functional diversity and species asynchrony, destabilizing grassland communities |
| 著者 | Shun Nonaka, Yu Yoshuhara, Dashzeveg Nyambayar, Yoshihisa Suyama & Takehiro Sasaki |
| DOI | 10.1111/1365-2745.70363 |
資料
研究者プロフィール
佐々木 雄大![]()
大学院環境情報研究院 教授
お問い合わせ先
<研究に関すること>
横浜国立大学 大学院環境情報研究院 教授 佐々木 雄大
メールアドレス: sasaki-takehiro-kw
ynu.ac.jp
<報道に関すること>
横浜国立大学 総務企画部 リレーション推進課
メールアドレス: press
ynu.ac.jp
(担当:リレーション推進課)

