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【プレスリリース】草原の食物網は、草食者どうしの増減のずれで安定する

―植物と捕食者をつなぐ草食者の「緩衝役」を初めて解明―

本研究のポイント

・草原の生物多様性実験を用いて、植物・草食者・捕食者という3つの栄養段階にまたがる生物群集の安定性を解析
・それぞれの栄養段階では、種ごとの増減タイミングがずれる「種間の非同調性」が、それぞれの群集の安定性を高めることを確認
・草食者どうしの個体数増減のずれが、食物網全体の安定性の向上に最も強く関係していた
・草食者が、植物と捕食者をつなぐ「緩衝役」として機能することを示し、従来の植物群集中心の安定性理解を、より複雑な食物網全体の安定性へと拡張

研究概要

 横浜国立大学大学院環境情報研究院/総合学術高等研究院の佐々木雄大教授、同環境情報研究院の橘太希研究員、中国科学院植物学研究所のYongfei Bai教授を中心とする国際共同研究グループは、中国内モンゴル自治区の草原における生物多様性実験を行い、植物、草食者(草食性昆虫)、捕食者(捕食性節足動物)の3つの栄養段階の時間変動を解析し、食物網全体の安定性を支える要因を明らかにしました。
 その結果、食物網全体の安定性を最も強く予測したのは、植物でも捕食者でもなく、草食者どうしの個体数増減のずれ(種間の非同調性)であることが示されました。ある草食者が減少する年に別の草食者が増加するような補償的な変動が、植物が食べられる強さや捕食者への餌供給の変動を緩和し、植物から捕食者までを含む食物網全体の安定化に寄与すると考えられます。
 本研究成果は、国際学術誌「Journal of Animal Ecology」に掲載されました(2026年7月18日)。

研究成果

 生態系の機能が時間を通じてどれだけ安定して維持されるかは、気候変動や土地利用の変化が進む時代に、自然がもつ働きを理解し、保全するうえで重要な問題です。これまでの生物多様性と生態系の安定性に関する研究では、植物群集など単一の栄養段階[用語1]に注目し、種数が多いほど、また種ごとの増減が時間的にずれるほど、群集全体の変動が小さくなる(つまり、安定する)ことが示されてきました。しかし、実際の生態系では、植物を食べる草食者、その草食者を食べる捕食者がつながり、複雑な食物網[用語2]を形成しています。そのため、単一の栄養段階で働く安定化の仕組みが、食物網全体の安定性にも適用できるかは、ほとんど明らかにされていませんでした。
 本研究では、中国内モンゴル自治区の半乾燥草原で2005年に開始された生物多様性実験[用語3]を活用しました。この実験では、植物の機能群(イネ科草本、広葉草本といった植物種のグループ)を除去する処理によって植物多様性や機能群の組み合わせの違いを生み出し、2009年の最後の除去操作の後、約10年間の自然な再集合を経た128の実験区画を対象に、2017年から2019年まで植物、草食者、捕食者を3年間、毎年調査しました。植物については種ごとの地上部バイオマスを、草食者と捕食者については種ごとの個体数を用いて、各栄養段階の群集の時間的安定性を評価しました。さらに、種数、種形質の多様性、種間非同調性[用語4]、種ごとの安定性が、植物・草食者・捕食者それぞれの群集安定性[用語5]と、食物網全体の安定性(多栄養段階安定性:[用語6])にどう関係するかを解析しました。
 食物網全体の安定性は、2つの相補的な方法で評価しました。1つは、植物・草食者・捕食者の安定性を平均して、全体としてどれくらい安定しているかを表す方法です。もう1つは、3つの栄養段階のうち、どれだけ多くが高い安定性を同時に維持しているかを調べる方法です。後者の方法を用いることで、ある栄養段階だけが非常に安定しているために平均値が高く見える場合と、複数の栄養段階が同時に安定している場合を区別できます。
 解析の結果、植物、草食者、捕食者のいずれの栄養段階でも、種間の非同調性が群集安定性を高める重要な要因であることが確認されました。すなわち、ある種が減少する年に別の種が増加するような「補償的な変動」が、群集全体の変動を小さくするという、これまで主に植物群集で示されてきた安定化の仕組みが、草食者や捕食者、それぞれの群集にも当てはまることが示されました。
 植物・草食者・捕食者をあわせた食物網全体で見ると、最も一貫して強い関係を示したのは、草食者の種間非同調性でした(図1)。平均的な食物網安定性は、草食者の種間非同調性、草食者の種数、捕食者の機能組成、捕食者の種間非同調性と正の関係を示しましたが、そのなかでも草食者の種間非同調性の効果が特に大きいことが明らかになりました。
 また、高い安定性が複数の栄養段階で同時に維持されているかを調べた解析でも、草食者の種間非同調性は高い安定性の維持と正の関係を示しました。これらの結果は、草食者が植物と捕食者の中間に位置する栄養段階として、植物が食べられる強さと、捕食者に供給される餌資源の変動を同時に緩和する「緩衝役」として機能している可能性を示しています。
 一方で、草食者の種数そのものの効果は、安定性をどのように評価するかによって変わりました。草食者の種数は、草食者どうしの増減のずれを通じて食物網全体の安定性を高める効果をもつ一方、条件によっては植物群集の安定性を低下させる直接的な効果も示しました。この結果は、単に種数が多いかどうかだけでなく、複数の種が時間的にどのように入れ替わり、互いの変動を補い合うかが、食物網の安定性を理解するうえで重要であることを示しています。

図1.本研究で明らかになったこと
図1.本研究で明らかになったこと

本研究の意義と今後の展開

 本研究の先進的な貢献は、生物多様性が生態系を安定化させる仕組みを、植物など単一の栄養段階から、植物・草食者・捕食者を含む食物網全体へ拡張した点にあります。これまで草食者は、植物を食べることで生産量を減らす存在として注目されることも多くありました。しかし、本研究は、草食者群集の中で種ごとの増減がずれていることが、食物網全体の変動を緩和する鍵になりうることを世界で初めて示しました。
 この知見は、生態系の保全や管理において、植物の多様性だけでなく、昆虫などの草食者、さらに捕食者を含めた多栄養段階の視点が重要であることを示します。草原生態系では、草食性昆虫やその捕食者は、植物群集の変動と密接に結びついています。したがって、気候変動や土地利用変化のもとで生態系の安定性を評価するには、植物の生産量や種数だけでなく、草食者と捕食者の時間変動をあわせてモニタリングすることが重要になります。
 一方で、本研究データの時系列は2017年から2019年までの3年間であり、長期的な補償的変動やまれに起こる極端な気象イベントなどへの応答をすべて捉えたものではありません。また、対象としたのは中国内モンゴル自治区の半乾燥草原の1つの実験系です。今後は、より長期の観測、異なる生態系での検証、さらに複数の栄養段階の多様性を同時に操作する実験を通じて、草食者の時間変動が食物網全体を安定化させる仕組みの一般性と因果性を明らかにしていく必要があります。
 本研究は、食物網のどの部分が生態系全体の安定性を支えているのかを実証的に示す第一歩であり、生物多様性の保全を、生態系機能とその安定性を支える実践的な科学へ発展させる基盤となるものです。

謝辞

 本研究は、旭硝子財団、住友財団(2432037)、日本学術振興会科学研究費助成事業(25712036、22H03791、24K03127、25K03306、26K03130)、鳥取大学乾燥地研究センター共同研究(06B2005)などの支援を受けて実施されました。

用語解説

[用語1]
栄養段階:生物が食物連鎖の中で占める位置のことです。植物は一次生産者、草食者は植物を利用する消費者、捕食者は草食者を利用する高次の消費者にあたります。

[用語2]
食物網:生態系の中で、どの生物がどの生物を食べるかという関係が網の目のようにつながったものです。本研究では、植物、植物を食べる草食者、草食者を食べる捕食者という3つの栄養段階からなる食物網に注目しました。

[用語3]
生物多様性実験:生物多様性実験とは、植物(植物以外も対象になります)の種数や組み合わせを、播種、移植、あるいは種の除去によって人為的に変えた区画をつくり、その違いが生態系の機能にどう影響するかを調べる実験です。今回対象とした中国内モンゴル自治区の草原では、植物の機能群の除去操作を行い、その後の生態系機能の変化を長期的に調べることで、生物多様性と生態系機能の関係を検証する実験システムを構築しました。

[用語4]
種間非同調性:複数の種の個体数やバイオマスが、同じタイミングで同じ方向に増減しない程度を表します。ある種が減少するときに別の種が増加するような変動があると、群集全体の変動が相殺され、安定性が高まりやすくなります。

[用語5]
群集安定性:群集安定性とは、植物バイオマスや昆虫個体数など、群集全体の量が時間を通じてどれだけ変動しにくいかを表します。

[用語6]
多栄養段階安定性:多栄養段階安定性は、植物・草食者・捕食者など複数の栄養段階をまとめて見たときの安定性を指します。

論文情報

掲載誌 Journal of Animal Ecology
タイトル Herbivore species asynchrony underpins multitrophic stability across plants, herbivores and predators
著者 Takehiro Sasaki, Taiki Tachibana, Xiaoming Lu, Kei Uchida, Xuezhen Zhao, Issei Nishimura, Daichi Makishima, Kousuke Tachibana, Xi Sun, Yuki Iwachido, Wenhuai Li, and Yongfei Bai
DOI 10.1111/1365-2656.70318

資料

研究者プロフィール

佐々木 雄大新しいウィンドウが開きます
大学院環境情報研究院/総合学術高等研究院 教授

お問い合わせ先

<研究に関すること>
横浜国立大学 大学院環境情報研究院/総合学術高等研究院 教授 佐々木 雄大
メールアドレス: sasaki-takehiro-kwynu.ac.jp

<報道に関すること>
横浜国立大学 総務企画部 リレーション推進課
メールアドレス: pressynu.ac.jp

(担当:リレーション推進課)


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