【プレスリリース】世界最高レベルの超高速試料回転により、細胞膜中の膜タンパク質をサブミリグラム試料で高分解能NMR観測
本研究のポイント
・超高速(160 kHz)でタンパク質試料を回転させる固体NMR分光計を用い、細胞膜中の膜タンパク質を天然に近い状態かつサブミリグラムオーダーで高分解能に観測することに成功しました。
・光遺伝学などで注目される微生物ロドプシンの構造解析への応用に加え、創薬標的となる膜タンパク質研究への展開が期待されます。
研究概要
膜タンパク質は医薬品の重要な標的であり、生命科学・創薬研究において極めて重要な分子です。膜タンパク質は、細胞内外への物質輸送や情報伝達を担う生命活動に不可欠なタンパク質ですが、水に溶けにくく結晶化も難しいため、天然に近い状態で詳細な構造を調べることは容易ではありません。横浜国立大学大学院工学研究院 川村出教授、ブルカージャパン株式会社 木村英昭博士、東京大学新領域創成科学研究科 井上圭一教授らの研究グループは、超高速マジックアングルスピニング(MAS)-固体NMR法を用いた世界最高レベルの回転速度160 kHzにより、細胞膜に存在する7回膜貫通タンパク質 「シゾロドプシン1」の高分解能スペクトル取得に成功しました。今回、サブミリグラムオーダー(約0.08 mg)のタンパク質試料を0.4 mm径の超小型試料管に充填し、毎秒約16万回転 (160 kHz)という世界最高レベルのMAS速度で回転させる最新の固体NMR技術を用いることで、従来よりも格段に高分解能なNMRスペクトルを取得しました。
本研究成果は、英国王立化学会(RSC)が発行する化学の学術雑誌Chemical CommunicationsのAdvance Articleとして2026年8月11日に公開されました。
研究背景
膜タンパク質は細胞内外の物質輸送や情報伝達など、生命活動に不可欠な機能を担う分子であり、医薬品の重要な標的としても知られています。そのため、膜タンパク質がどのような構造を形成し、どのように機能を発現するのかを原子レベルで明らかにすることは、生命科学や創薬研究において重要な課題です。固体NMR[用語1]は、結晶化が困難な膜タンパク質を、脂質膜などの生体膜に近い環境で構造解析できる手法です。特に、タンパク質中の水素(1H)を直接観測する1H NMRは、タンパク質内部の水素結合や局所的な電子環境を高い感度で捉えることができるため、構造と機能の関係を理解するために有用です。一方、生体膜に存在するタンパク質は分子の動きが制限されているため、固体状態で発生する1H核同士の強い磁気双極子相互作用によってNMR信号の線幅が大きく広がることから、高分解能な1H NMRスペクトル取得には、試料の回転技術であるマジックアングルスピニング(MAS)[用語2]の高速化が必要となります。MASが十分高速でない場合、タンパク質中の水素を重水素に置き換える特殊な試料調製が広く用いられてきました。しかし、この方法は試料調製に時間とコストを要するほか、本来観測したい水素(1H)シグナルの一部が失われるという課題がありました。近年、直径0.4 mmの超小型試料管を用いる超高速MAS技術が開発され、毎秒16万回転(160 kHz)という超高速回転が可能になりました。この技術は、上記のような課題を解決することが期待されていましたが、天然に近い脂質膜中の7回膜貫通タンパク質へ適用した例は限られていました。
今回の成果
横浜国立大学大学院工学研究院の川村出教授、ブルカージャパン株式会社の木村英昭博士、東京大学新領域創成科学研究科の井上圭一教授らの研究グループは、光エネルギーを利用してプロトンを一方向に輸送する微生物ロドプシン[用語3]「シゾロドプシン1」を脂質二重膜中に再構成し(図1) 、直径0.4 mmの超小型試料管に封入しました(図2)。この試料を160 kHzで超高速回転させながら固体NMR測定を行った結果、従来の回転速度によるスペクトルよりも、多くのNMRシグナルを分離して観測することに成功しました(図3)。
主な測定はドイツ・エットリンゲンのBruker BioSpinに設置された800 MHz Bruker Avance NEO固体NMR装置を用いて行われました。
本研究で得られた主な成果は以下のとおりです。
・わずか約0.08 mgのタンパク質試料から高品質なNMRスペクトルを観測
・世界最高レベルの毎秒16万回転(160 kHz)の超高速MAS条件下で膜タンパク質の高分解能固体NMR測定を実現
・1H NMR信号の平均線幅113 Hzまで大幅に狭め、高いスペクトル分解能を実現
・レチナール発色団とタンパク質を結ぶプロトン化シッフ塩基のシグナルを明瞭に検出
・超高速MAS測定後もタンパク質の構造・機能状態が保たれていることを確認
これらの結果から、超高速MASによって膜タンパク質試料中の水素同士の相互作用が効率よく平均化され、高分解能測定が可能になることが示されました。本研究成果をまとめた論文は、英国王立化学会(RSC)が発行する化学の学術雑誌Chemical Communicationsに8月11日にAdvance Articleとして公開されました。なお、本研究成果については2026年8月23日~27日にスイス・ダボスで開催される生体系磁気共鳴国際会議ICMRBS2026においても発表されます。
今後の展開
今後は、1 GHzを超える高磁場NMR装置と超高速MAS技術を組み合わせることで、さらに高分解能・高感度な測定を実現し、天然に近い脂質膜環境下における膜タンパク質の構造・機能解析を進展させることが期待されます。
今回確立した超高速MAS固体NMR技術は、微生物ロドプシンだけでなく、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)や膜輸送体など創薬標的として重要な膜タンパク質にも応用できると期待されます。
謝辞
本研究は、JST CREST 「自在配列設計ペプチドによるナノポアシステムの構築」(JPMJCR21B2)および「AIが先導するオートメーションタンパク質工学の創出」(JPMJCR22N2)、科研費 学術変革領域研究(A)「超越分子システム」(JP21H05229)および「蛋白質新機能生成」(24H02268)、挑戦的研究(萌芽)「巨大イオンチャネル複合体を用いた新規オプトジェネティクスツール開発」(23K18090)、基盤研究S「新奇分子研究が切り拓くロドプシン科学のフロンティア」(25H00424)、JST-SPRING(JPMJSP2178)、文部科学省・学際領域展開ハブ形成プログラム「マルチスケール量子―古典生命インターフェース研究コンソーシアム」(JPMXP1323015482)、NMRプラットフォーム事業(JPMXS0450100021)などの支援を受けて実施されたものです。
用語解説
[用語1]
固体NMR(Solid-State Nuclear Magnetic Resonance):強力な磁場中で原子核の信号を観測し、分子構造を原子レベルで解析する手法。結晶化が困難な膜タンパク質やアミロイドなどの構造解析に適している。
[用語2]
マジックアングルスピニング(MAS):試料を磁場に対して54.7°の角度で高速回転させることで、スペクトルの広がりの原因となる相互作用を平均化し、固体試料の高分解能化を実現する技術。固体状態の水素(1H)核のNMR信号は特に線幅が著しく広がるため、回転速度の高速化が必要。
[用語3]
微生物ロドプシン:ビタミンA誘導体のレチナールを発色団として有する7回膜貫通ヘリックス型光受容タンパク質である。近年、新規の微生物ロドプシンは10万種類以上が同定され、多様な機能を有する。光によって活性化されるタンパク分子を遺伝学的手法により特定の細胞に発現させ、その機能を光で操作する技術=光遺伝学(オプトジェネティクス)の基盤となる分子。
論文情報
| 掲載誌 | Chemical Communications |
|---|---|
| タイトル | Ultrafast 160 kHz MAS enables high-resolution 1H-detected solid-state NMR of a fully protonated seven-transmembrane protein (超高速160 kHz マジックアングル回転により、完全プロトン化7回膜貫通型タンパク質の高分解能¹H検出固体NMR測定を実現) |
| 著者 | Haruto Nakajima, Takumi Kanazawa, Kristof Grohe, Sebastian Wegner, Hideaki Kimura, Keiichi Inoue, Izuru Kawamura* (中嶋悠人, 金澤匠, Grohe Kristof, Wegner Sebastian, 木村英昭, 井上圭一 *川村 出) |
| DOI | 10.1039/d6cc03850f |
資料
研究者プロフィール
川村 出![]()
大学院工学研究院 教授
お問い合わせ先
<研究に関すること>
大学院工学研究院 教授 川村 出
メールアドレス: kawamura-izuru-wx
ynu.ac.jp
<報道に関すること>
総務企画部 リレーション推進課
メールアドレス: press
ynu.ac.jp
(担当:リレーション推進課)

