【プレスリリース】ケトン還元反応の位置・立体選択性の同時予測に成功
本研究のポイント
・競争反応実験から機械学習に適した相対反応速度データを構築
・相対反応速度と立体電子状態を結び付け、機械学習で反応性をモデル化
・モノケトンのデータからジケトンの位置選択性と立体選択性を予測
研究概要
横浜国立大学大学院理工学府の坂口大門大学院生、大学院工学研究院の五東弘昭准教授らは、2種類のケトンを同時に還元する競争反応実験[用語1]で得た相対反応速度を、分子の本質を表す立体電子状態[用語2]と機械学習に結び付ける手法を開発しました。有機合成化学で使われてきた収率ではなく、分子固有の反応のしやすさを定量的に比較することで、AIが学習できるデータを構築したことが特徴です。市販品として入手できる単純なケトンだけで学習したモデルにより、従来予測が困難だった複数の反応部位を有する分子の位置選択性と立体選択性を同時に予測することに成功しました。計算化学や機械学習で活用できるように実験データの取り方を工夫し、単純な分子の知識を複雑な分子の反応予測へ広げた成果です。
本成果は国際科学雑誌「JACS Au」(2026年9月14日付)に掲載されました。
社会的な背景
医薬品や機能性材料などの有機分子を合成する際には、分子中の「どの場所が反応するのか」、さらに「どちら側から反応するのか」を見極める必要があります。特に複数の反応部位をもつ複雑な分子では、狙った場所だけを選択的に反応させることは容易ではなく、現在でも研究者の経験や試行錯誤に頼る部分が少なくありません。近年、このような化学反応の予測にもAIや機械学習が利用されるようになっています。しかし、AIの性能を決めるのは、アルゴリズムだけではなく「何をデータとして学習させるか」です。
有機合成で最も一般的に記録される「収率」は、生成物がどれだけ得られたかを示す重要な指標ですが、副反応、精製操作、反応時間、濃度などさまざまな要因の影響を受けます。そのため、分子そのものがどれだけ反応しやすいかという本質的な反応性を直接表しているとは限りません。一方、量子化学計算によって反応の遷移状態を解析する方法も広く用いられていますが、多数の分子について精密な反応予測を行うには大きな計算負荷を要します。そこで本研究では、「AIに収率を覚えさせる」のではなく、「分子固有の反応しやすさを測り、その化学的意味とともにAIに学ばせる」という発想から、新しい反応予測法の構築に取り組みました。
研究成果
本研究で着目したのは、2種類のケトンを同じ容器の中で反応させ、どちらがより速く反応するかを比較する競争反応実験です(図2A)。私たちは複数の基準物質を用いて競争反応を行うことで、さまざまなケトンの反応しやすさを「基準物質に対して何倍反応しやすいか」という共通の尺度で表しました。これにより、通常の収率データとは異なる、機械学習に利用しやすい反応性データを構築しました。
さらに、この実験データを量子化学計算と組み合わせて詳細に解析しました。その結果、反応速度の違いには、置換基による電子的な影響だけでなく、反応部位周辺の立体的な混み合いや三次元的な電子状態が強く関係していることが明らかになりました。反応機構の解析によって、メタノール中で実際に反応を担う還元種や、選択性が生じる仕組みについても新たな理解が得られました(図2B)。
そこで、こうした化学的知見をもとに、反応部位周辺の三次元的な電子状態を数値化して機械学習に与えることで、分子の反応速度を予測するモデルを構築しました(図2C)。そして、このモデルをより複雑な分子へ応用しました。分子内に2つのケトンをもつ「ジケトン」では、どちらのケトンが先に還元されるかという位置選択性と、どちら側から反応するかという立体選択性を同時に考える必要があり、その予測は一段と難しくなります(図2D)。
このモデルが、より複雑な分子にも通用するかを検証しました。モデルの学習にはジケトンを一切使用していないにもかかわらず、5α-pregnane-3,20-dione(図3)を含む6種類の非対称ジケトンの位置選択性と立体選択性を予測しました。最初の還元6件と、評価可能な最終生成物2件の計8件すべてで、実験または既報で優先して得られた生成物の位置選択性と立体選択性を同時に予測することに成功しました。本研究によってこれまで予測が困難だった複雑なジケトンの位置選択性と立体選択性を、単純なモノケトンのデータから予測することに初めて成功しました。
つまり本研究では、単純な分子で学んだ「反応しやすさの原理」を、学習していない複雑な分子へと広げることに成功したことになります。これは、過去の反応結果をそのまま大量にAIへ入力するのではなく、化学者が反応機構を考え、意味のある実験データと電子状態を選んでAIに学習させることによって、未知の化学反応を予測するという、新しい反応インフォマティクスの方向性を示す成果です。
今後の展開
本研究が示した重要な点は、AIを化学研究に利用する際、単に大量のデータを集めればよいわけではなく、「どのような実験を行い、どのような情報をAIに学ばせるか」というデータ設計そのものが重要であるということです。今回用いた競争反応は、異なる分子の反応しやすさを共通の尺度で比較できるため、ケトン還元以外のさまざまな有機反応にも展開できる可能性があります。
今後、多様な有機反応について、収率だけでなく、反応速度、位置選択性、立体選択性、電子状態、反応機構を結び付けたデータを蓄積していくことで、AIは単に過去の反応結果を記憶するのではなく、「分子のどこが、なぜ、どの程度反応しやすいのか」という反応性の規則を学習できるようになると期待されます。
最終的には、複雑な医薬品候補や機能性分子について、実験を行う前に有望な反応位置や条件を絞り込み、狙った場所だけを反応させる合成法の設計につなげることで、有機合成における試行錯誤を減らし、新しい分子や医薬品・材料の開発を加速することを目指します。
謝辞
本研究は、公益財団法人東京応化科学技術振興財団の助成を受けました。坂口大門は、JST次世代AI人材育成事業「YNU-BOOST」(JPMJBS2427)およびJSPS科研費(JP26KJ1212)の支援を受けました。
用語解説
[用語1]
競争反応実験:2種類の分子を同じ容器で反応させ、消費量の違いから相対反応速度を求める実験。
[用語2]
立体電子状態:分子内の電子密度や静電ポテンシャルなどを三次元空間上で表したもの。本研究では、反応部位周辺の立体電子状態を数値化し、機械学習によって反応性との関係を解析しました。
[用語3]
位置選択性・立体選択性:それぞれ、複数の反応部位のどこが反応するか、同じ部位のどちらの面から反応するかという選択性。
論文情報
| 掲載誌 | JACS Au |
|---|---|
| タイトル | Competition-Derived Relative Reactivity and 3D Electronic-State Analysis of Site- and Facial Selectivity in NaBH4/MeOH Ketone Reductions |
| 著者 | Daimon Sakaguchi, Taisei Kawasaki, Mayu Itakura, Chihiro Tada, and Hiroaki Gotoh* (坂口 大門、川崎 太勢、板倉 茉由、多田 知弘、五東 弘昭*)*責任著者 |
| DOI | 10.1021/jacsau.6c01269 |
資料
研究者プロフィール
五東 弘昭![]()
大学院工学研究院 准教授
お問い合わせ先
<研究に関すること>
大学院工学研究院 准教授 五東 弘昭
メールアドレス: gotoh-hiroaki-yw
ynu.ac.jp
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総務企画部 リレーション推進課
メールアドレス: press
ynu.ac.jp
(担当:リレーション推進課)

