• お問い合わせ
  • アクセス
  • 検索
  • Language
  1. YNU
  2. 大学案内
  3. 広報活動情報
  4. プレスリリース一覧
  5. 台風経路のわずかな違いが、洪水被害額に大きな影響

【プレスリリース】台風経路のわずかな違いが、洪水被害額に大きな影響

――台風19号を対象に日本全国のインパクトベース洪水被害評価を実施――

発表のポイント

◆ 本研究では、大気モデル、水文・水理モデル、洪水被害推定手法を組み合わせ、日本全国を対象としたインパクトベースの洪水被害評価フレームワークを開発しました。
◆2019年の台風19号を対象にシミュレーションした結果、台風経路のわずかな違いによって洪水被害額が大きく変化しうることを示しました。経路が経度方向に0.2度異なるシナリオ間では、被害評価額に平均約833億円の差が生じました。
◆ 被害が最大となる台風経路は地域によって異なり、関東・近畿・中部でそれぞれ異なる経路により最大の洪水被害が発生すると示されました。
◆ 全体として、本研究は、気象・水文情報と社会経済的な曝露情報を統合することの重要性を示しています。このような統合的アプローチにより、極端降雨や洪水災害に対するリスク評価を高度化し、洪水被害の軽減やリスク管理における科学的根拠に基づいた意思決定を支援することが期待されます。

本研究で用いたインパクトベース洪水被害評価の概略図
本研究で用いたインパクトベース洪水被害評価の概略図

概要

 東京大学 生産技術研究所の芳村 圭教授、李 肖陽特任助教、横浜国立大学 台風科学技術研究センター長の筆保 弘徳教授の研究グループは、近年日本に上陸した最も強い台風の一つである台風ハギビス(2019年台風第19号)を対象に、統合陸域シミュレータ(Integrated Land Simulator: ILS)[用語1]を用いて、インパクトベース洪水被害評価[用語2]のフレームワークを構築しました。インパクトベース洪水被害評価とは、従来の水文気象情報(ハザード情報)に加えて、脆弱性や曝露[用語3]に関するデータを統合することで、洪水被害のリスクを総合的に評価する手法です。
基準となるシミュレーションでは、降雨および河川流量の空間分布と強度を良好に再現することができました。さらに、台風経路の位置や堤防高が洪水被害にどのような影響を与えるかを体系的に評価するため、台風経路を経度方向にずらす感度実験と、堤防高を変化させるシナリオ解析を行いました。
 本研究では、気象災害の特徴や洪水防御条件が洪水被害に与える影響を評価するうえで、インパクトベース洪水被害評価が有効であることを示しています。本成果は、極端降雨や洪水イベントに対する災害リスク評価の高度化に貢献し、洪水被害の軽減やリスク管理における科学的根拠に基づいた意思決定を支援することが期待されます。

発表者コメント

李 肖陽 特任助教の「もしかする未来」
 この研究を始めたきっかけは、台風接近時の報道を見ながら、進路や強度だけでなく、洪水がどこで発生し、どの程度の被害が生じるかまで事前に伝えられないかと考えたことです。芳村圭教授と筆保弘徳教授の支援を得て、この着想を研究として形にすることができました。

芳村 圭 教授の「もしかする未来」
 今後は、洪水被害評価を予報・観測・データ同化技術と結び付け、災害前に被害を予測し、防災・減災の判断を支える仕組みへ発展させ、誰もが安心して明日を迎えられる社会の実現を目指します。

芳村研究室プロフィール:
https://isotope.iis.u-tokyo.ac.jp/

発表内容

洪水予報から洪水被害予報へ
 近年、東アジアでは極端降雨によって引き起こされる深刻な洪水災害が増加しています。温暖化に伴って水循環が活発化することで、こうした極端降雨は今後さらに強まると予測されており、人的被害の増加に加えて、家屋・家財、農業、林業、水産業などにおける社会経済的損失の拡大が懸念されています。
 従来のリアルタイム洪水予測は、警報の発表、避難判断の支援、災害発生後の対応準備など、主に短期的な意思決定に用いられてきました。一方、従来の洪水予測に加えて、インパクトベースの洪水被害評価では、水文気象情報に加え、曝露や脆弱性に関する情報を統合することで、洪水がもたらす影響や被害をより総合的に評価することができます。特に、経済被害の詳細な評価は、リスク分析、インフラ計画、復旧の優先順位付け、さらには仮想的な防災・減災対策の有効性評価において重要です。気象・水文ハザードの予測情報と、社会経済およびインフラに関するデータを組み合わせることで、インパクトベース洪水被害評価は、災害への備えを強化し、洪水被害のより効果的な軽減に貢献することが期待されます。
これまで洪水被害評価は、都市や地域レベルで限定的な範囲を対象に行われてきたほか、全球規模では粗い水平空間解像度で実施されてきました。その中間にあたる地域規模や国規模を対象としたインパクトベース予測に焦点を当てた研究は限られており、東アフリカやフィリピンでの事例がある程度にとどまっています。このような予測は、国レベルでの資源動員、防災・減災対策の検討、さらには気象改変や制御可能性に関する判断など、意思決定者が適切な早期対応を検討する上で重要です。それにもかかわらず、東アジアではこれまで、国全体を対象とする規模のインパクトベース洪水予測は行われていませんでした。
本研究では、台風経路や堤防高の違いが洪水被害にどのような影響を与えるのかを明らかにするとともに、台風経路を経度方向に変化させた仮想シナリオや、堤防高を変化させたシナリオがもたらし得る経済的効果および予期しない負の影響を評価することを目的としました。
そのために、気象研究予報モデル(Weather Research and Forecasting Model: WRF[用語4])を用いて、2019年の台風19号(ハギビス)を対象とした大気場の解析と台風経路の感度実験を行いました。また、統合陸域シミュレータ(Integrated Land Simulator: ILS)を用いて、浸水状況のシミュレーションおよび堤防高に関する感度実験[用語5]を実施しました(図1)。

図1:本研究で用いたインパクトベース洪水被害評価の概略図
図1:本研究で用いたインパクトベース洪水被害評価の概略図

洪水被害額は、台風経路のわずかな違いに非常に敏感であり、経度方向に0.2度ずれるだけで、平均して約833億円の被害額の差が生じることが分かりました。 台風ハギビスの経路を、最も西側に11度ずらしたシナリオから東側に5度ずらしたシナリオまで、日本全体の洪水被害額はおおむね増加し、2つの顕著なピークが現れました。最大の被害総額は、東に1度ずらしたシナリオによる約1兆9,663億円、次いで西に1.4度ずらしたシナリオでは約1兆5,226億円でした。これらのピークとなるシナリオを過ぎると、洪水被害額は急速に減少すると示されました(図2)。

図2:81通りの台風経路シナリオにおける地域別の総洪水被害額
台風ハギビス(2019年台風第19号)の通過時に、発生すると考えられる洪水被害総額と地域別の内訳を示す。縦軸の単位は10億円。
図2:81通りの台風経路シナリオにおける地域別の総洪水被害額
台風ハギビス(2019年台風第19号)の通過時に、発生すると考えられる洪水被害総額と地域別の内訳を示す。縦軸の単位は10億円。

 洪水被害が最大となる台風経路シナリオ[用語6]は地域によって異なることが分かりました。台風経路を1.0度東へずらした場合には、東京周辺を中心に関東地方および全国で最大の洪水被害が発生すると示されました。一方、1.6度および0.4度西へずらした場合には、それぞれ大阪周辺を中心とする近畿地方、名古屋周辺を中心とする中部地方で最大の洪水被害が発生すると推計されました。
 最も大きな洪水被害をもたらした台風経路シナリオについて、その要因をより詳しく理解するため、本研究では、最悪ケースの経路シミュレーションである東に1度ずらしたものと基準実験を比較し、地形、降水、浸水、洪水被害の違いを詳しく調べました。基準実験では、台風ハギビスは山地に上陸し、大雨の領域は複数の河川流域に分散すると推計されました。一方、最悪ケースの東に1度ずらした実験の経路シミュレーションでは、台風が関東平野に上陸し、日本で最も人口密度の高い首都圏を中心に、強い降雨と広範囲の浸水が発生すると示されました(図3)。その結果、東に1度ずらしたシミュレーションでは、最大の洪水被害が発生すると算定されました。

図3:基準実験(左の2つ)および東に1度ずらす実験における浸水深(m)と洪水被害額(百万円)、ならびに両者の差。(a-f)灰色の陰影は、海抜600 m、1000 m、1500 mの地表高度を示す。紫色の等値線は、パネルa、b、d、eでは総降水量300 mm、パネルc、fでは降水量差100 mmを示す。実線および破線は、それぞれ基準実験および東に1度ずらす実験でシミュレーションされた台風経路を示す。
図3:基準実験(左の2つ)および東に1度ずらす実験における浸水深(m)と洪水被害額(百万円)、ならびに両者の差。(a-f)灰色の陰影は、海抜600 m、1000 m、1500 mの地表高度を示す。紫色の等値線は、パネルa、b、d、eでは総降水量300 mm、パネルc、fでは降水量差100 mmを示す。実線および破線は、それぞれ基準実験および東に1度ずらす実験でシミュレーションされた台風経路を示す。

 堤防高に関する感度実験では、堤防高を基準設定より20%低くした場合から20%高くした場合まで変化させ、洪水被害額への影響を調べました。その結果、堤防高が高くなるにつれて、総洪水被害額はおおむね減少すると算定されました。具体的には、堤防高を20%低くしたシナリオでは総洪水被害額が約1兆1,891億円であったのに対し、20%高くしたシナリオでは約1兆1,529億円に減少すると示されました。これは、全体で約362億円の被害軽減に相当し、堤防高を10%高くするごとに、平均して約91億円の洪水被害額が減少することが示されました。なお、本結果は建設・維持費や環境影響など他の要素とあわせて、防災対策を検討するための判断材料の一つとなることを意図しています。
 全体として、本研究は、水文気象情報、水文過程、そして社会経済的な曝露情報を統合することの重要性を示しています。このような統合的アプローチにより、極端降雨や洪水災害に対するリスク評価を高度化し、洪水被害の軽減やリスク管理における科学的根拠に基づいた意思決定を支援することが期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学 生産技術研究所
芳村 圭 教授
李 肖陽 特任助教

横浜国立大学 台風科学技術研究センター
筆保 弘徳 センター長 教授

研究助成

JSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2282-08)、JSPS科研費(課題番号:21H05002、22H04938、JP23K19068)、JST未来社会創造事業(JPMJMI21I6)、JST e-ASIA共同研究プログラム(JPMJSC22E4)、文部科学省「気候変動予測先端研究プログラム(SENTAN)」(JPMXD0722680395、JPMXD1420318865)、独立行政法人環境再生保全機構の環境研究総合推進費S-20(JPMEERF21S12020)、および宇宙航空研究開発機構(JAXA)地球観測研究センター(JX-PSPC-533980)等

用語解説

[用語1]
ILS(Integrated Land Simulator):陸面の水循環から河川流量、氾濫までを一体的に計算する水文・水理モデルです。本研究では、降雨から河川流量や浸水深を推定するために利用しました。

[用語2]
洪水被害評価:洪水による浸水深や浸水範囲に、建物や資産などの社会経済情報を組み合わせ、被害額を推計する手法です。

[用語3]
曝露(Exposure):洪水などの災害が発生する可能性のある地域に存在する人、建物、資産などを指します。本研究では、建物や家屋・家財などの資産情報を被害評価に利用しました。

[用語4]
WRF(Weather Research and Forecasting Model):大気の流れや降水、気温、風などを数値計算によって再現・予測する気象モデルです。本研究では、台風の経路を変化させた際の降雨などを計算するために用いました。

[用語5]
堤防高に関する感度実験:堤防の高さを仮想的に変更し、その違いが浸水や洪水被害額にどの程度影響するかを調べる数値実験です。

[用語6]
台風経路シナリオ:実際の台風経路を基準として、その経路を東西方向に少しずつ移動させて作成した仮想的な台風経路です。本研究では、経路の違いによって降雨、洪水、被害額がどのように変化するかを比較しました。

論文情報

掲載誌 Communications Earth & Environment
タイトル Impact-based flood-damage assessment in Japan under longitudinal typhoon-track perturbations and levee-height variations during Hagibis (2019)
著者 Xiaoyang Li*, Kei Yoshimura, Hironori Fudeyasu
DOI 10.1038/s43247-026-04077-8

資料

研究者プロフィール

筆保 弘徳新しいウィンドウが開きます
総合学術高等研究院 教授

お問い合わせ先

<研究に関すること>
総合学術高等研究院
メールアドレス: ias-imsynu.ac.jp

<報道に関すること>
総務企画部 リレーション推進課
メールアドレス: pressynu.ac.jp

(担当:リレーション推進課)


ページの先頭へ