【プレスリリース】量子インターネットへ向けた単一光子のシングルショット高分解能分光システムの開発
本研究のポイント
・virtually imaged phased-array (VIPA) と、単一光子アバランシェダイオード (SPAD) アレイを統合し、100 MHzオーダーの高い周波数分解能を有する単一光子シングルショット分光システムを開発
・量子インターネットの実現に向けた周波数多重量子中継技術への応用が期待される
研究概要
横浜国立大学の堀切智之教授(大学院工学研究院 / 総合学術高等研究院)と同研究室の名頃裕貴さん(理工学府大学院生)は、ソニーグループ株式会社、LQUOM株式会社と共同研究を行い、量子[用語1]インターネットを実現する構成方式として有力な周波数多重化量子中継[用語2]に向けて、単一光子のシングルショット高分解能分光システムの開発に成功しました。
量子インターネットは、量子暗号通信による完全なセキュリティの確保や、クラウド環境における安全な量子計算、さらには分散量子計算など、多様なアプリケーションを可能にする次世代通信基盤です。その実現には、長距離かつ高効率の通信を支える周波数多重量子中継が有力な方式とされています。この方式では、シングルショットで高分解能、かつ単一光子レベルの分光技術が必要となります。今回開発されたシステムは、これらの要件を満たすと同時に、室温で動作し、実用的なスケーラビリティを備えている点で大きな特長を持っています。本成果は、量子インターネットに向けた技術基盤を大きく前進させるものです。
本研究成果は、国際科学誌「Optics Express」にて2025年9月18日に掲載されました。
社会的な背景
量子通信[用語3]は、完全な情報セキュリティを保証する通信方式として、インターネットを初めとした通信への付加のみならず、量子コンピュータのクラウド使用の安全性保証にも必要な技術として期待されます。さらに、地球規模の量子通信ネットワーク「量子インターネット」では、様々な量子デバイス(量子コンピュータ、センシングデバイスなど)が結ばれることにより、次世代の情報通信基盤と期待されます。量子インターネットは、量子状態を送信するインフラであり、そのための基礎が量子もつれ(エンタングルメント)[用語4]の共有能力です。
地球上に張り巡らされた光ファイバネットワークに導入された量子通信によって、この量子もつれ共有の長距離実装が待望されていますが、長距離化には量子中継技術が必要になります。
これまで様々な量子中継方式が提案されてきましたが、その中でも周波数多重量子中継は通信レートを大幅に向上できる有力な手法として注目されています。周波数多重量子中継を実現するには、どの周波数モードで光子のもつれ生成が成功したかを同時に識別する必要があります。量子中継に搭載される量子メモリ[用語5]の帯域は限られているため、効率的な多重化には、できるだけ狭い周波数間隔の光子をシングルショットで高精度に分光できる手法が求められます。さらに、量子中継器への実装を見据えると、システムは可能な限り簡素で拡張性の高い構成であることが望まれます。そこで私たちは、室温動作が可能で拡張性に優れた分光システムを構築し、単一光子レベルでのシングルショット高分解能分光を実証しました。
研究成果
今回、研究グループはvirtually imaged phased-array(VIPA)と単一光子アバランシェダイオード(SPAD)アレイを統合した、単一光子の高分解能シングルショット分光法を提案し、単一光子レベルの光パルスを用いた原理実証に成功しました。VIPAは、異なる周波数の光を、異なる空間にマッピングする光学素子であり、SPADアレイは、複数の高感度検出画素を備え、光子の空間情報を識別できます。両者を組み合わせることで、異なる周波数の光を異なる画素で同時に捉え、単一光子の周波数を一度の測定(シングルショット)で識別することが可能になります。
さらに、本分光システムの理論効率を用いた場合の量子通信レート(Heraldingレート)を評価したところ、現実的な周波数モード数で、多重化しない単一モード構成のほぼ理想的な状況を上回る性能を達成できることが確認されました。本分光システムは量子インターネットに向けた周波数多重量子中継への応用にとどまらず、量子センシングなど幅広い分野での応用が期待されます。

今後の展開
本研究で開発した分光システムは、研究グループが開発している量子光源に合わせて設計されています。今後は、この量子光源と分光システムを接続し、周波数多重量子中継の実証実験に取り組む予定です。これにより、長距離かつ高効率な量子インターネットの実現に向けた、重要なステップとなることが期待されます。
謝辞
本研究は、内閣府ムーンショット型研究開発事業(JPMJMS226C)、総務省「量子インターネット実現に向けた要素技術の研究開発」(JPMI00316)、NEDOディープテックスタートアップ支援事業の支援にて行われました。
用語解説
[用語1]
量子:光の最小単位である光子や、物質を構成する原子・電子などは量子である。波と粒子双方の性質を併せ持ち、量子通信においては、主に光が通信路(光ファイバーなど)伝送に用いられ、電子などが量子メモリとして用いられる。
[用語2]
量子中継:量子通信の長距離化には、中継技術が必要となる。量子通信に必要な光は大変微弱であり、光ファイバで送っても、距離とともに届く確率が指数関数的に減衰するからである。このため、例えば中継なしに 1000km遠方に届けるのは困難になる。そこで、光ファイバ伝送を短い距離に区切って行い、量子メモリ物質への保存などの技術を用いて距離延長を行う量子中継技術が研究されている。
[用語3]
量子通信:単一光子や量子もつれ(エンタングルメント)光子対などの量子を利用することで、安全な暗号通信が可能となる通信方式。
[用語4]
量子もつれ(エンタングルメント):多体間の量子力学的な相関。例えば2つの物体 A,Bを、離れた2地点にいるユーザー1と2に片方ずつ配分した場合、ユーザー1が A を受け取れば、ユーザー2は B を受け取ったとわかる。これだけなら古典的な相関である。
しかし、例えば量子もつれにある2光子があり、ユーザー1と2に分配した場合、ユーザー1が偏光板を通して出てきた光子を観察した結果水平偏光であるならば、ユーザー2が同様に偏光板を通した場合も水平偏光である。これは上の古典相関と同じであるが、加えて彼らが円偏光状態を見た時も完全に相関が現れる。つまり、ユーザー1が、やってきた光子が左回り円偏光か、右回り円偏光かを測った場合、同様に円偏光の測定をしたユーザー2も 100%相関した結果を得る。
このように、水平偏光で見ても円偏光でみても完全な相関がユーザー1と2の測定結果に現れるのが(2体間の最大)量子もつれの特徴的な性質である。
量子もつれをまず短距離間で生成し、段々と距離を伸ばしていくのが量子中継の代表的な手法である。
[用語5]
量子メモリ:伝送された光子の量子状態を物質中の電子スピンなどの量子状態に置き換え、長時間保存するデバイス。
論文情報
掲載誌 | Optics Express |
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タイトル | Singleshot highresolution spectroscopy of singlephotonlevel optical pulses using a virtually imaged phasedarray and singlephoton avalanche diode array |
著者 | Yuki Nagoro, Hidehito Sato, Hiroyuki Tezuka, and Tomoyuki Horikiri |
DOI | 10.1364/OE.570177![]() |
資料
研究者プロフィール
堀切 智之
大学院工学研究院/総合学術高等研究院 教授
お問い合わせ先
<研究に関すること>
大学院工学研究院/総合学術高等研究院 教授 堀切 智之
メールアドレス: horikiri-tomoyuki-bh ynu.ac.jp
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総務企画部 リレーション推進課
メールアドレス: press ynu.ac.jp
(担当:リレーション推進課)