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挑戦する横国の学生たち

VENTURE SPIRIT

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コーヒーかすが生み出した
「夢の素材」が未来を変える。

コーヒーかすから「セルロースナノファイバー※」の抽出に世界で初めて成功した金井さん。学部3年時に研究室に所属してからの根気強い取り組みが実を結んだ瞬間でした。コーヒーかすに導かれた研究の足跡とはどのようなものだったのでしょうか。

金井 典子

大学院理工学府 化学・生命系理工学専攻 博士課程後期

金井 典子

極小の分子にも
壮大なロマンがある

——現在の専攻に進まれた経緯をお聞かせください

高校の頃から化学に興味がありました。物理学科への進学を考えていた時期もあったんです。宇宙の原理について勉強したかった。でも次第に、宇宙はあまりに広大すぎて扱うのは難しいと感じるようになり(笑)、化学にシフトしました。原子や分子といった極小の世界が積み上がって私たちの世界が構成されていると考えればロマンがあります。理工学部3年のとき、早期に研究室に所属できる「ROUTE」のプログラムで、NMRと呼ばれる核磁気共鳴装置を用いた分子構造の測定・分析に取り組んでいる川村准教授の研究室の門を叩きました。それ以来お世話になっています。

——分析対象にコーヒーかすを選ばれたそうですね。そこからセルロースナノファイバーの抽出に成功されたと伺いました

コーヒー豆をそのまま固体NMRで分析するところから始まりました。原産地、焙煎度、挽き方による味わいの違いなどを解明したかったのですが、なかなかうまくいかなくて。焙煎の前でも後でも分析結果に大きな違いが見られなかったんです。 そこである時、かすを顕微鏡で覗いたら、細胞壁がたくさんあって驚きました。加熱する過程で壊れてしまうと思いきや、耐性があったんです。細胞壁由来のセルロースが残っていて、そこから細胞壁のセルロースをほぐす化学的処理を用いてセルロースナノファイバーを抽出しました。これまでもコーヒーかすは肥料などに使われてきましたが、より付加価値の高い物質を生成できたのは、リサイクルを超えたアップサイクル(upcycling)だと考えています。

コーヒーかす以上の
有力材料も登場

——セルロースナノファイバーの実用化は進んでいるのでしょうか

ボールペンのインクや紙おむつなど、主に木材パルプから抽出されたセルロースナノファイバーを混ぜた製品は 徐々に出回っています。すべての植物は細胞壁を持っていますから、どの原料が使えるのか世界中で研究されています。実用化が進むにはコストダウンが必要でしょう。細胞壁が非常に強固で、1本1本繊維を解きほぐすには手間がかかるのです。さらにコーヒーかすの場合、木材パルプと比べセルロース含有率が低く、かすを大量回収する仕組みづくりも簡単ではありません。ただ、日本は世界有数のコーヒー消費国であり、十分に実用化のポテンシャルはあると考えています。

——コーヒーかす以外の候補で注目しているものはありますか?

コーヒーかすについてのプレスリリースをご覧になった岩手県遠野市から、ホップ栽培の際に廃棄物として排出される""蔓""からセルロースナノファイバーが抽出できないかご相談をいただき、研究に取り組んでいます。抽出率などを調べたところ、コーヒーかすよりも有望な原料になりそうです。しかも市の主導で、廃棄されるホップのつるの回収に関しても見通しが立っていて、かなり順調です。廃棄物処理のコスト削減につながり、一方では新しいビジネスチャンスが生まれるかもしれません。その経済的効果に期待しています。

自由な発想が
イノベーションを生む

——研究に取り組む上で心がけてきたことをお聞かせください

NMRの測定データからすぐに物質を特定できるわけではありません。コーヒーかすの場合も、細胞壁由来と判明するまでは、多くの文献にあたるなどして悩んだ時期もありました。すぐに諦めない粘り強さはもちろんのこと、潔い発想の転換が大事かもしれません。主にタンパク質を取り扱っていた研究室で セルロースに着目したのは、川村先生の導きがあってこそですが、かなり新しい視点でした。先入観にとらわれず、いろんな分野に目を向けることの大切さを学びました。とはいえ私も研究者としてはまだまだですけどね。

——今後の研究活動の展望はいかがでしょうか

2021年春からは、日本学術振興会の研究員として、コーヒーかす由来のセルロースナノファイバーをエマルション に応用するプロジェクトに携わります。このプロジェクトを進めるために、今後もNMRを活用する予定です。どんなテーマを扱うにしても、これからは資源の有効活用やCO2の削減といったサステナビリティ(持続可能性)の意識が欠かせません。研究室にこもるだけでは見えてこない実用化のノウハウにアンテナをはり、企業や官庁とも連携しながら、社会のニーズに応えていける研究者を目指しています。

※植物の細胞壁に含まれるセルロースをナノ(10-9)メートルサイズまで微細化した繊維状の物質。軽量かつ高強度、環境負荷も低い「グリーン材料」であることから、次世代の素材として注目されている。

掲載:2021年3月

MY MEMORY

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1.ROUTE参加時(学部三年)の研究室で2.川村研究室集合写真(前列中央が、川村出准教授)3.国際学会(オーストラリア)参加時4.コーヒーかすから分離したセルロースナノファイバーの電子顕微鏡写真

生体分子の謎に挑む川村研究室

川村研究室では、個体NMR を駆使して生体分子の機能を解き明かすだけでなく、新しい材料の開発を目指している。鉄の5分の1の軽さで5倍以上の強度をもつセルロースナノファイバーも研究対象であり、自動車や住宅、家電への応用が期待されている。
川村研究室ウェブサイト

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